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zoom RSS アジア系アメリカ運動再考 - イエロー・パワーの時代

<<   作成日時 : 2012/01/25 19:57   >>

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ちょっと必要があって入手した本。出版ホヤホヤの研究書で、最近の出来事までフォローされているのがありがたい。アジア系アメリカ運動とは、60年代から70年代のアジア系アメリカ人による反体制運動のこと。本書は、黒人の公民権運動に触発されたアジア系アメリカ人やその社会が多数派エスタブリッシュメントに対して抵抗した時代を「再考」しようという試みである。

まだ読了するには時間がかかるし、興味のない部分は読み飛ばしているけれど、僕がよく知らなかった比較的古い時期の運動(特に東海岸での)や、当時のアジア系雑誌の内容、アジア系というより中国系〜中国人中心主義的だった運動が徐々にアジア系一般に拡大していく過程、大学(特に西海岸の)でのアジア系学生運動や組織など、なかなか興味深い事例が網羅的にまとめてある。大学外のコミュニティや文化運動にも目配りされているし、極左のヤバい運動に走った人たちにも触れている。

ちゃんと説明できないが、この他で面白い部分は、アジア系の活動家たちが、当時、結構、中国や北朝鮮などを訪問しているところで、その時の見聞録など、当時の日本人が中国や北朝鮮をどう見ていたか、理解していたか(結果的に、メディアのミスリードもあり、かなり大きな誤解をしていたわけだが)を重ね合わせると、悲哀のようなものを感じてしまう。しかし、当時の活動家たち(人民帽をかぶっている毛沢東主義者の若い日系アメリカ人女性活動家もいた)にとっては、ヴェトナム戦争で「アジアに再び爆弾を落とすアメリカ合衆国」の一員であることは耐えられなかったのだ・・と、そういうことも書いてある。アジア系の運動の中では、ヒロシマ/ナガサキへの原爆投下がしばしば取り上げられ批判されてきたが、それは、当時の米軍が、ヴェトナムやカンボジアに爆弾を落とすことと重なり合っていた。

僕には、<アジア系アメリカの運動は、自民族中心主義と国際主義のふたつの間で絶えず揺れてきたのではないか?>という疑問がある。むろん、若いアジア系アメリカ人たちはアジア系どうし、また、黒人や中南米系などとの連帯を希求し模索したわけだが、同時に、中国系は中国系としての、日系は日系としての、フィリピン系はフィリピン系としてのアイデンティティを手に入れる作業も並行して行われていたのだとすれば、アジアという、実態があるようでない曖昧な地理的概念だけで、異なった民族を祖先に持つ社会集団が簡単にまとまるわけもない。クリス・イイジマやノブコ・ミヤモトなどのミュージシャン&舞台人はまさに国際主義者で、アジア系に捉われつつそこを超える人だが、アジア系アメリカ文学は、その特異性を出すために、どうしても民族性を強調せざるを得ないところがある。また、フェミニズムの影響も大きい。

失敗したとか成功したとかいう「評価」は別として、「あの時代」が「熱い時代」であったこと、多くの発見と興奮と挫折をもたらした稀有な時代であったことは間違いない。「負の遺産」も含め、その今日的な意味を「再考」することは無駄ではなかろう。

著者はコロラド大学ボウルダー校エスニックスタディーズの准教授。日系アメリカ人だろう。

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コメント(8件)

内 容 ニックネーム/日時
いつもいい本を紹介してくださるので感謝です。この本も購入して、読む努力をしてみます。(笑)どのエスニックコミュニティも、結局はまとまっていないのではないでしょうか。いろんな人がいるのでは。日系アメリカ人だって、日本政府から勲章をもらうほど、日本寄りの人もいれば、従軍慰安婦問題で日本批判をする人もいるわけですから。。(笑)ただアジア系としての政治力を獲得するためには、やはりアジア系としてまとまるべき???巨大なジレンマですね。
蒼い雪
2012/01/27 04:34
面白そうな本ですね!60年代、70年代の運動をしてきた人たちは、今でもわりと積極的にコミュニティに参加している人が多いような気がしますが、今の若者世代の声や運動がなかなか見えてこないのは少しさびしいような気もします。実際に出会ってみるとエリート的な子であれ落ちこぼれそうな子であれ、社会運動にはあまり関心がないのかなという印象で、少し残念に思うこともありますね…。(ひょっとしてリチャード・アオキのことも載っているのでしょうか?)
hana
2012/01/27 08:43
>蒼い雪さま

そもそも「アジア系アメリカ」という枠組自体が人工的なものですからね。ただ、「運動の時代」には「アジア系アメリカ」という枠組が動的に機能したわけです。その評価はともかくとしても・・

>hana-san

同じ著者がもう一冊同様の本を出しているんですが、「若手の研究者がなぜ今60〜70年代を取り上げるのか?」という理由にも興味があります。(笑)日本でも小熊英二が全共闘運動を調べていますけれど。

もちろん、ブラック・パンサーもリチャード・アオキも出てきますし、日本生まれの日本人ながら米国人の極左グループに加わっていた人物もでてきます。日系コミュニティが存在しなかった東部でも、ユリ・コウチヤマなど、左翼運動に関わった日系アメリカ人が何人もいて、それに影響されるかたちで三世たちが運動に入っていったこともわかりました。
asianimprov
2012/01/27 20:21
ああ、また始まったちゃいましたよ。ごめんなさい。(笑)お付き合いしていただけるところまで、教えていただければありがたいです。

「アジア系アメリカ」という枠組自体が人工的なものですからね。

とはどういう意味でしょうか。アジア系というのは人種・民族を意味しているのでは。。その意味では、人工的という意味がわかりません。教えてくださいませ。
蒼い雪
2012/01/28 02:46
えっ! UCLAの歴史学者、故Yuji Ichioka教授が60年代後半に名付けたのがAsian Americanなんですが・・。人工的というのはそういう意味です。
asianimprov
2012/01/28 07:50
ありがとうございます。つまり、誰かが名づけたから、という意味なんですね。となると、言葉で表現できる事象すべてが人工的??? (笑)ともかくも、アジア系アメリカ人という枠組みそのものに異論があるというわけではない、という理解でいいでしょうか。asianimprovさんも、お名前に使っているわけだし。。(笑)
蒼い雪
2012/01/31 01:01
日本系、韓国系、ベトナム系、カンボジア系・・らをひっくるめて「アジア系」と称したのは、公民権運動時代に共闘しようとした時代の名残。ドイツ系、イタリア系、アイルランド系などをまとめて「ヨーロッパ系アメリカ人」と称して研究しないことを考えれば、アジア系というくくりで研究するのはもうやめた方がいいと私は思います。オリエンタリズムというかコロニアリズムを引きずりすぎ。ヒスパニックとは言いますが、チカーノとキューバ系を同じ俎上に載せて共感をもって語るなんてことはしません。これも外部からの名称です。
imura
2012/02/01 07:47
確かに、研究するのはやめたほうがいいのかも知れません。ただコロニアリズムを力関係と見るならば、現実のアメリカ社会ではまだまだコロニアリズムが支配しているわけで。。。今、Asian American Politifal Participationという本を読んでいますが、アジア系には、やはり他のマイノリティとは違う特色があるようで。。ヒスパニック系がスペイン語圏という共通点があることを思えば、アジア系の多様性ゆえに、政治力獲得のためには、やはりまだまだアジア系という枠組みは大事なのでは、という感触を持ってます。日系アメリカ人と日本人との”共闘”も、日本人好みの”血の絆”といったエスニックナショナリズムをあえて拒否して行おうとすれば、やはり”アジア系”しかないのでは。。私は研究者ではありません。ポイントはずれのとんちんかんなコメントだったら、お許しください。
蒼い雪
2012/02/03 00:26

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