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zoom RSS WE SHALL OVERCOME - Pete Seeger Live 1963

<<   作成日時 : 2012/01/09 12:37   >>

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大阪の中古レコード店で見つけたピート・シーガーのライブ盤LP。調べてみると、完全版がCDで出ているが、手頃な値段だし、歌詞、対訳、解説(中村とうよう)付きの日本盤なので、入手した。1963年の6月にカーネギー・ホールで録音されている、ということは、ワシントン大行進の二カ月ちょっと前で、要するに、キング牧師の有名な"I have a dream"の演説があった二か月ちょっと前ということ。

だから、ピート・シーガーも聴衆も絶好調。ローザ・パークスのバス事件等を取り上げたトピカル・ソングが続くが、ディランの「激しい雨」のカバーも素晴らしい。高石友也が日本語にしたトム・パクストンの「学校で何を習ったの?」も、改めて聴くと、よくできた曲だ。最後は"We shall over come"で終わるが、実際のコンサートではこの後も数曲歌ったらしい。

ピート・シーガーを聴いて思ったのは、フォーク・ソングというのは、誰がその曲を最初に作ったか、ではなく、オリジナルの曲を生かしつつ歌詞をどんどん変えてその時代の生気を入れ込む「カッパライ」の精神そのものだ、ということ。これはユズルさん(片桐ユズル)が何度も主張してきたフォークの本質であり方法論である。このことは「替歌こそ本質なのだ」というユズルさんの文章を参照のこと。

このアルバムに収められた曲群にも、ピート・シーガーが作った曲はほとんどない。しかし、そういう「匿名性」こそフォーク・ソングあるいはフォーク・ミュージックの存在証明であることは、このブログでも取り上げた『アメリカ音楽史』で大和田俊之氏が強調している通りである。フォーク・シンガーは伝道者であって創造者ではない。しかし、だからこそ受け入れられた。その純粋さによって、だ。反商業主義、ギター、バンジョー、ベース、ピアノなどのアコースティックな楽器の使用にこそ「アメリカ合衆国の国民音楽としてのフォーク・ソングらしさ」が表れている。

ところが、そういうフォーク運動(正確には1950年代から60年代のフォーク・リバイバル)の最中にエレクトリック・ギターを要したバンドで登場した(途中からだが)のがボブ・ディランで、事実関係が定かでないが、ピート・シーガーはディランの電化サウンドに激怒或いは不快感を示した。確か60年代半ばの事件である。

音が大きいと歌詞が聞き取りにくくなる。PA設備のなかった当時はまさにそうだ。しかし、ブルーズやロックの強烈なビート感覚と大きな音は、まったく魅力的で、ディランや、後に伴奏を受け持つザ・バンドの連中にとっては必然であったろう。ところが、フォーク・ソングの純粋主義者たちにとっては、フォークがロックにすり寄ることは、フォークのあるべき姿を商業主義に売り渡すことに他ならなかったのだ。

さて、1963年のピート・シーガーを聴いていてもうひとつ思った事は、彼の役割は「音頭とり」であって「シンガー&ソングライター」でも「アーティスト」でもないという事実である。要するに、ピート・シーガーは彼自身のアイデンティティを押し出すためには歌っていないし、ましてや自分が「アーティスト」だなんてこれっぽっちも思ってやしない。個人のアイデンティティ云々よりは、社会集団(公民権運動の支持者たち)を代弁すること、悪く言えば、扇動することこそ―本人が認めようと認めまいと―ピート・シーガーの行った偉大な仕事だったのである。また、ピート・シーガーは、90歳を越えた今もなお、プロテストする姿勢を変えていない。

『アメリカ音楽史』でも述べられているが、「アイデンティティの音楽」としてのフォークやロックと、ピート・シーガーに代表される「フォーク・シンガー」たちのフォークの間には、大きな溝が横たわっている。ウッディー・ガスリーやピート・シーガーに強い影響を受けた「関西フォーク」は、「フォークの良い聞き手がいなくなった東京」を逃げ出した高石友也や高田渡や中川五郎が主力であったが、そう考えると、「アイデンティティの時代」の到来とともに、「関西フォーク」が弱体化していったのも納得できる。

その後、「フォーク・シンガー」という呼び名は半ば「死語」となり、「シンガー&ソングライター」やら「アーティスト」がわんさか登場し、「ニュー・ミュージック」という不思議なジャンルができた。歌は匿名性を失い、人々はミュージシャンを個人のアイデンティティを音楽で具現化する人間として認識するようになる。そして私たちは、もはや、ピート・シーガーがいた「匿名性」の時代には戻れないのである。

1. バスのうしろ
2. キープ・ユア・アイズ
3. 監獄など怖くない
4. ああ自由!
5. 学校で何を教わったの
6. 小さな箱
7. 誰がマリリン・モンロウを殺した
8. 誰がムーア選手を殺した

9. 今日も冷たい雨が
10. 僕を郵便で
11. グァンタナメラ
12. チョチョロサ
13. 勝利はわれらに

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