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zoom RSS 水のわき出るところ - Waipahu

<<   作成日時 : 2011/06/05 20:22   >>

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ワイパフ(Waipahu)とは、ハワイの現地語で「水のわき出るところ」という意味だ。オアフ・シュガー・カンパニーが19世紀末に製糖工場を稼働させるまで、取り立てて目立つ町ではなかった。いや、町というより、村だったろう。サトウキビ畑耕地になる以前には、中国人移民が水田で米作をしていたという資料もある。

サトウキビ畑の労働力としてポルトガルや東アジアから移民を受け入れると、ワイパフは、ホノルル以外で最も規模の大きい日系人コミュニティを形成することになる。とはいえ、ホノルルは都会であり、都市と農村の格差は厳しかった。プランテーションでの一日十時間の労働は辛く、たとえ3年の契約移民でさえ、嫌気がさし、酒や博打にうつつをぬかす出稼ぎ者は少なくなかったという。或る程度お金がたまると、帰国するか、より良い仕事を求めてホノルルに引っ越しをした。映画『ピクチャー・ブライド』にもそんなシーンがあった。

ハワイ内部の移動だけではない。本土のほうが給料が良かったので、ハワイを離れて本土に移動する出稼ぎ者が増えた。それでは労働者を確保できないので、製糖会社は給料を上げるが、それでも、何度もストライキが起こり、長い時は4カ月も続いた。ここワイパフでも3度のストライキがあった。

行こか メリケン 帰ろか ジャパン 

これが 思案の ハワイ国


以上はよく引用されるホレホレ節の一節だが、メリケンとは米国本土のことだ。

ハワイと米国本土と日本との間で悩む当時の出稼ぎ者の心情が込められている。

さて、上写真は、ハワイ関係の古書で見つけたワイパフ。中央は製糖工場である。「水のわき出るところ」という町の名前をあらわすように、川が流れている。ハワイで暮らすには水の有無が大切。オアフ島に人口が集中しているのは、他の島より水資源が豊富だからだ。写真は1910年代か20年代の風景だが、この工場跡の一部は今も保存されており、以前にも触れたように、この高い煙突は、ワイパフのランドマークになっている。時間は流れたが、かつてどこに工場があったかが今も正確にわかるのはありがたい。

弱冠16歳の出稼ぎ者だった曾祖父が、いちばん最初に住んだカウアイ島のコロア耕地から、何故オアフ島のワイパフに移動したのかは、いまだに謎なのだが、ホノルルのような都会で厳しい競争にさらされるより、ワイパフのような郊外都市というより町で商売を始めたのは、結果として正解だったのかもしれない。実際は、大変な苦労をし、何度も失敗を重ねているのだが、それでも、ハワイでの刺激のある生活は、面白かったのではないか。

曾祖父は16歳から約40年をハワイで過ごした。青春時代から壮年時代という、人生でもっとも多感で、肉体的にも精神的にも成長する時期を、見知らぬ南国の島で経験したのだ。「成功」か「失敗」か、という結果論では推し量れない、かけがえのない体験というものがある。もちろん、先立つモノは必要だが、その生活史をたどると、曾祖父は、多くの年長者たちに助けられている。だから、パイナップル事業で失敗しても、めげなかったのだろう。

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sac louis vuitton
I think you have noted some very interesting details , thankyou for the post. ...続きを見る
sac louis vuitton
2013/04/21 02:06

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