70年代アジア系アメリカ人のコミュニティ再生運動と音楽によるアイデンティティ形成

画像

 公民権運動の中で、自らの文化的ルーツとアイデンティティを模索し始めたアメリカ生まれのアジア系アメリカ人は、70年代になると、エスニックコミュニティの再生に乗り出した。それは、民族文化の伝承者である移民第一世代から学び、高齢化していく祖父母の世代を社会的に支援する活動から始まった。また、若い世代を横に結びつける動きであり、自らの民族的ルーツに誇りをもった、次世代のアジア系「アメリカ人」を育てていく教育運動でもあった。そのときに重要な役割を果たしたのが、音楽でありアートであった。
 「アジア系アメリカ」という枠組がはらむ困難さと同様、「アジア系アメリカの音楽」の定義は簡単ではない。しかし、欧州系、アフリカ系などのスタイルを利用しつつ、自らのエスニシティーを押し出すアジア系の音楽家たちがいた。本発表では、アジア系アメリカ人による広義のポピュラー音楽やパフォーマンスから、その矛盾や限界も射程に入れつつ、アメリカの中のアジアとアジアの中のアメリカとのせめぎ合いと統合の可能性を探ってみたい。


困った。また大風呂敷を広げてしまった。時間がない。上記のような内容でトークをしなければならない。正月にはわかっていたものの、僕の脳内はいまだに白紙に近い。まぁ、真っ白なのはいつものことで、そもそもたいしたアタマではないのだが。苦し紛れに、ブログを使ってアタマが整理できないかと考えた。それで、思いつくまま書いてみる。しかし、発表の前段階をブログで公開してしまっていいのか?(爆沈)もし僕がプロの研究者なら控えるべき作業だろうが、どうせ素人なのである。たいしたことではないのだ。(^^;)

そもそも、「アイデンティティ」という概念は西洋のものだ。この概念を使って米国人が米国人を説明することは出来るだろうが(むろん、説明の途上で様々な困難はあるだろう)僕は日本人であり、「西洋のアイデンティティという概念」を「そういうものとして理解」し、内面化し、その上で「どうも違うなぁ」という疑念を呈するのが筋だろうと思う。米国人のふりをして、知ったかぶりをしても意味はない。ただし、多少のハッタリは必要だが。(おいおい!)

それで、70年代のコミュニティー運動については共同発表者のAさんにすべてお任せすることにして、僕が出来ることといえば、アジア系コミュニティーの運動--身近な日系コミュニティーのことになりそうだが--の中での文化運動と、その中から生まれたアートなりアーティストを紹介することしかないのだが、個別の芸術的価値ではなく、社会的、文化的文脈の上でアートを説明しなければならない。「これは面白いよ!」ではダメなのであって、「面白いと感じる理由」を述べなければならない。これが難しい。理屈がなければガクモンにはならない。このブログとは違うのだ。違うけれど、同じ人間なので、違わないのだけれど。(自爆)

「アイデンティティ」は無視できないが、それは固定した実体ではない。アートは「肉体とアイデンティティ」との距離感が表象されたものでもあるし、場合によっては、問題は「アイデンティティ」という概念そのものに対する疑念や否定にまで問題が進展する。

ブレンダ・ウォン・アオキ(写真)の『軍次郎叔父さんの恋人』は、ブレンダの実の大叔父さんの実話であり、日系アメリカの史実であり、アジア系への差別の歴史でもあり、日本史や日本の移民史に密接に結びつくナラティブでもあるのだが、ブレンダ・ウォン・アオキ、マーク・イズ、KKの三人によるパフォーマンスには、娯楽的な要素も多い僕たちがなにかしリアルなものにアクセスするためには「仕掛け」が必要なのだ。なお、<リアルなもの=真理>ではない。それは、あくまでも「リアルななにかとして表象されるもの」である。では、「仕掛け」とはなんだろう。舞台芸術において、それは「演出」なのではないか。

この『軍次郎叔父さんの恋人』もだが、ブレンダ・ウォン・アオキの舞台は「距離感」の演出が絶妙だ。「アイデンティティ」といえば、ブレンダは四つの民族が混じり合った人だし、百%の日系人ではない。しかし、普通の日系人より日本や日本人の先祖に対する距離は近い。接近しているというより、「接近戦を挑んでいる」かのようだ。と同時に、モチーフを物語として客観化する優れた能力をブレンダは有していて、この「距離感」のズームインとズームアウトが見事である。素早い場面転換、質素だが過不足のない舞台装置、マーク・イズの絶妙の音楽的サポートにより、能楽+平家物語+講談+落語+浪花節+現代演劇=スポークン・ワード、という重層的なパフォーマンスが可能になっている。

ブレンダの曾祖母が指摘したように、ストーリー・テリングとは平家物語の琵琶法師がやったことである。ストーリー・テラーとは琵琶法師だ。マーク・イズが弾くウッドベース(コントラバス)は「大きな琵琶」なのである。ベンベン!(笑)ブレンダ・ウォン・アオキのスポークン・ワードにおいて、彼女のルーツのひとつである日本の伝統芸能からの影響は否定できない。手元にある最新のDVDを見ても明白だが、ブレンダお得意の、能や狂言の影響を受けた踊り、マークが弾くジャジーなウッドベースとオルガン的なシェンの響き、そして息子のKKのヒップホップダンスが絡み合う舞台は、「アジア系アメリカ」という装置なしには成立しない空間であり、ここに「エスニシティーを押し出す」という態度においての「アジア系アメリカ文化」の一例があるわけだが、ブレンダ・ウォン・アオキの場合、「アジア系アメリカ」の内部で充足しない。だから僕のような日本人が観ても楽しいし、楽しさを越えて、米国(アメリカ合衆国)のアジア系アメリカ文化は僕(たち)にとってどうなのか?という刺激的で発見的(heuristic)な興奮を僕(たち)にもたらしてくれる。

このあたりを限られた時間で説明できれば、トークに深さがでてきそうな気がするけれど、これから先が厄介だ。「アメリカの中のアジアとアジアの中のアメリカとのせめぎ合いと統合の可能性」と格好良く宣言したものの、こういう表現は抽象的で、書いている本人(僕のこと)は自己満足できても、聴衆の方々にはチンプンカンプンだろう。また、これでは、コミュニティー運動とブレンダ・ウォン・アオキたちの芸術活動との接点が見えないではないか。うううっ。(涙)

さて、どうしよう・・とか考えながら・・いや、考えるふりをしながら、Uncle Gunjiro's GirlfriendのDVDを眺めている。完成度が高い。発表などするよりも、これをずっと観てもらうほうが価値があるような気がするが・・

                                                <つづく>

"70年代アジア系アメリカ人のコミュニティ再生運動と音楽によるアイデンティティ形成" へのコメントを書く

お名前
メールアドレス
ホームページアドレス
コメント