片桐ユズルさんの傘寿を祝う会 ― 再会の京都

画像


ユズルさんもとうとう80歳ということで、むかし、付き合いのあった知り合いたちが傘寿を祝う催しをやるというので出かけた。この企画を知ったときには、どうなることかと勝手に心配していたが、なかなかの盛況で、旧友と再会して過去を振り返るだけでなく、それぞれのひとの今の位置を理解する、というか、参加者で中山容さんの平安女学院短大時代の教え子がいたが、彼女は、「この頃、自分の立ち位置がわからなくなっていたが、今日、この会に来て、わかった」と興奮して話していたが、それはあるだろうなと僕も思った。

ひどい文章だが、こういう自動筆記が楽しい夜もあるのだ。Excuse me. で、ユズルさんの講義は30数年前と基本的には同じで、アリスの小鹿は何故逃げるのか、というネタは既知ではあったが、あの口調で話されると、感心してしまう。感心しすぎてしまって、人生が変わったひとや「あっちの世界」に行って戻ってこない人が何人もいたが、ハルさんも言っていたが、やはりそれがユズルさんのカリスマ性なんだろう。

で、凄いのは、ユズルさん自身はそのことにまったく気が付いていないところで、実際、ユズルさんは扇動者ではないのだが、「あっちの世界」の半歩手前で止まっているのは、天才の天才たるところか。これでは誉めているのかけなしているのかわからないが、まぁ、僕にとっても若いころの数年間は、シュールな、いや、アンリアルな経験ができた浮世離れした時間であった。そんな時間が持てたのは、今から思えば贅沢なはなしで、お金では買えない贅沢をしたと思う。

ゲストでは、信じられないが、秋山基夫さんの朗読は、年齢を感じさせない。昔より良くなっているんじゃあないか。笑いが止まらなくなったが、今日、初めて基夫さんを聞いた人はびっくりしただろう。基夫さんのような詩人はこの国にはいない。思潮社の現代詩文庫から詩集が出るらしい。基夫さんの詩を「朗読を前提とした詩だからだめだ」と批判した日本の詩壇の人たちがいて失笑したことがある。日本の現代詩が衰退するのも無理はない。現代詩が滅んでも別に僕には関係ないのだが。有馬さんの欠席はちょっと残念だった。

続いて登場したのが中川五郎さん。僕なんかがいまさら中川五郎さんについて書けることは少ないけれど、この人は、フォーク・シンガーだと思う。某元フォーク歌手のように、フォークを「売る」のではなく、「フォーク・ソングを生きて」いる。過去のフォークを説明するのではなく、古い曲も新しい曲(プロテスト・フォークを久しぶりに聴いた!)も同列に歌うことで、今もフォーク・ソングの世界を体現している。タイプは異なるが、高田渡さん亡きいま、わたしらには貴重な存在だ。ギターとギター・バンジョー(6弦)の持ち替えも良かった。

北海道からかけつけた矢口以文さんは、確かクリスチャンで、ユズルさんの古いご友人。むかし、北海道で朗読を聞いた記憶がある。戦争体験を交えた直球の作品には、余計な比喩がないので、散文に近いが、矢口さんは英米詩を大学で教えておられた人でもあるので、そんなことは充分承知の上で詩を書いておられるのだろう。なお、散文的だからダラダラとしまりがないかというと、とんでもない。ご出身の石巻のズーズー弁で書かれた詩は、日常会話だか創作だかわからないのが楽しい。本当か、と思えば出来すぎているし、嘘だ、と言うにはリアルだ。十代で終戦をむかえた世代から話を聞く機会も減ってきた。もう時間がない。

飛び入りで、なんと、三浦久さんが五郎さんのギターで歌う。うわぁ。僕はむかし三浦さんの歌を聴いたことがあり、秘かなファンのつもりだったので、嬉しかった。それは、南軍の兵士が書いた詩のような言葉を元にした曲で、見事なメッセージ・ソングだった。今は地元の長野県で活動されている(うちにもたまにメール・マガジンが届く)が、三浦久さんは、最後のヒッピー世代で、米国から帰ってきたのに、お経の入った曲を作ったりしていたユニークなシンガー&ソングライターであった。シアトルの詩人、アラン・ラオとも親交がある。久さんがアメリカから日本への帰りに乗った船に、なにやら怪しい中国系のヒッピーがいて、そいつの名前がAlan Chong Lauだったというエピソードは、『追憶の60年代カリフォルニア―すべてはディランの歌から始まった』三浦久(平凡社新書)に書いてある。

最後に、個人的には、○○年ぶりに・・という再会もあったが、さすがに詳細は書けぬので、もう寝ます。

追記:このブログを覗いて下さる皆さんのほとんどには、なんのことやらサッパリ理解できない内容だと思いますが、そもそも、ブログとは「日記」なので、ご容赦ください。それから、鼓童について書いた記事は、質が低いので、削除します。これも御免なさい。

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント

eiraku
2011年02月07日 09:20
傘寿、おめでとうございます。片桐ユズルさんとは面識がありませんが、数年前、『ケネス・レクスロス 心の庭・花輪の丘にて その他の日本の詩』『ケネス・レクスロス 摩利支子の愛の歌』という2冊の詩集を送っていただきました。大切にしている詩集です。
2011年02月07日 20:09
ユズルさんが訳したレクスロスの詩は美しい。それしか言えません。レクスロスは、「意識の流れ」のままに書いている、というのかな。僕にはとうていうまくは説明できませんけど・・。ユズルさんの訳はリズムがある。これは秋山基夫さんもそう言っていたので間違いないでしょう。
通りすがりの者です
2011年02月20日 00:21
世代が違うのでよく分かりませんが、学生時代に雑誌や
レコードの解説なんかで見かけたお名前の数々が懐かしいです。
三浦久先生には予備校で教わりました。御自身は英語の達人でいらっしゃると思いますが、(劣等生相手の)教師としてはダメでした。名選手が名監督、名コーチになるとは限りませんね。
雑談(60年代、高校、大学に留学されていたころのお話)の方は今でも覚えています。

この記事へのトラックバック