HOWL: Allen Ginsberg - ビートニクスと朗読

画像


ユズルさん(片桐ユズル)からビートニクスやらギンズバーグのことを聞いたかどうかは三昔前のことなので忘れてしまったが、手元にあるのは1959年に録音されたギンズバーグの自作詩朗読CDで、59年はちょうどユズルさんがフルブライトで渡米した年なのも偶然の一致か。実況とスタジオ録音があるが、実況のほうが妙な抑揚がなくていい。若い声のギンズバーグ。晩年はもっと「吠え」ていたように記憶している。あの京大西部講堂で座る場所がないからギンズバーグが朗読するステージの後ろに座ってギンズバーグの後ろ姿を見たのはまぼろしのような気もするが、あれはいったい何年のことだ。

このCDで、当時の雰囲気が少しはわかるが、これはシカゴで録音されていてサンフランシスコではない。そんなことはどうでもいいし、そもそも、ビート詩人のことなど高校生までは知らなかったが、いや、知識はあったかもしれないが、実際に、詩の朗読というものに触れたのはダイガクで遊学していた頃で、ケネス・レクスロスのおじいちゃんが京都に居てくれたおかげで、「へぇ、こんなものか」とか思ったが、ビート詩なるものは、ブンガクの世界ではB級なんだとか、そんな雑音が入らなくて良かった。今から考えれば、あの数年間、非現実的でアンリアルな時間を過ごせたのは、まったくもって、人生の贅沢であった。レクスロスは、偉大な詩人という感じをさせないひとだったが、個人的に話したことはない。ビート詩人ではない、と自分で言っていたらしい。でも、京都に似合うひとであった印象がある。

しかし、今、21世紀になっても、というか、何故百年ごとに区切って時間を論じられるのかわからないのだけれど、とにかく、50年以上たっても、ギンズバーグの詩も朗読も、妙に面白い。特に、ユズルさんの訳を読みなおすと、ユズル流の独特のことば使いとリズムと、日本語離れした日本語が、ビートニクスらしいし、特に、ギンズバーグの「吠える」"HOWL"みたいな、whoで始まるclauseに思い浮かんだイメージを物語を入れ込んで、ジャズみたいに果てしなく続けていく詩は、ユズルさんの翻訳が最高だ。翻訳を眼で追いながら耳で朗読を聞くと、快感が走る。リピートしたくなる。へんな感じ。

ユズルさんは著書でこれを「カタログ的な詩のつくりかた」と呼んでいるが、それはギンズバーグが始めたのではなくて、既に、カール・サンドバーグの「シカゴ」という詩にあったという。そうだ。僕はサンドバーグの詩集を持っていたし、結構好きだった。あの本はどこに消えたのか。それで、サンドバーグの先輩はホイットマンだそうで、ウォルト・ホイットマンの詩もカタログ詩で、このような、「いきのながい、うねるような行で、形容や実例をつみかさねていく」(『英語・まちがいのすすめ』片桐ユズル)のが「アメリカ詩の正統であった」とジョゼフィン・マイルズというカリフォルニア大学の教授が言ったそうだ。

画像


僕は短歌や俳句のような短いのはどうも苦手で、だから、だらだら長くても、自作詩朗読の上等なやつは、たまらなく美味しい。もちろん、つまらないのもあるが、それは、選んだほうが悪いので、あきらめるしかない。いまや、現代詩など、瀕死状態だそうで、ケータイ小説とか、おどろおどろしい殺人小説とか、今風の事象を小賢しくまとめたお上手な短編小説の前では、詩など、およびでないみたいだが、インターネット経由で必要な情報も不要なゴミも同じ光速で世界を巡る現在に、ある種の「場」と「特定の聴衆」を必要とする朗読は、面白い方法だと思う。ところが、安楽椅子に座ってYouTybeをチェックすることに慣れてしまうと、他人の詩朗読を聞きに出かける(その前に、「朗読会」は今もあるのか。東京ならありそうだが、関西ではどうか?)ドライブがかからないのは、やはり、知的怠慢というべきなのだろう。

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 2

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
ナイス

この記事へのコメント

yokoi
2011年02月06日 10:31
ギンズバーグの来日は1988年です。東京の砂防会館では、たしか谷川俊太郎が司会で、白石かずこや井野信義、梅津和時も出演していました。京大西部講堂は東京とは違った雰囲気だったのかもしれませんね。
片桐ユズルもギンズバーグを訳していたとは知りませんでした。私が読んだのは諏訪優訳などでしたから。読んでみたいなぁ~
2011年02月07日 00:41
yokoi-sama

日本にビート詩(人)を紹介したのは片桐ユズルと中山容でした。『ビート詩集』という訳詩集もあります。もちろん絶版ですが。なお「片桐と中山の翻訳は信用できない」とネットに書かれているようですが、翻訳した後も詩になっているという点で、このふたりの能力とセンスは突出していました。

なお、日本で最初の、ビート詩人による「詩朗読とジャズ」の催しは、新宿ピットインでの<ケネス・レクスロス+山下洋輔トリオ>だったと言われています。世話人をしたのは中山容さんで、帰りのタクシーの中で「今日のピアニストは良かった。セシル・テイラーみたいだね。」とレクスロスが山下洋輔を絶賛していたと、容さんが僕に教えてくれました。無論、僕はその場におれた世代ではないので、昔話として聞いただけですが・・。
yokoi
2011年02月07日 08:06
ビート詩の日本への紹介には複数の流れがあったのかもしれませんね。ギンズバーグの存在を諏訪優に教えたのは、北園克衛のVOUのメンバーだった黒田維理(彼自身の詩はモダニズム、詩集の表紙は清水俊彦の写真)だったという話です。
ケネス・レクスロス&山下洋輔の話は私も昔話として聞いています。そのケネスのエッセイ集のなかに、翻訳による詩について書かれた章があったことを思い出しました。機会があったら読み比べてみたい。どのくらい違うのかを…。
ギンズバーグ自身は翻訳する時は必ず自分に聞いてほしいと言っていたと白石さんから聞いたことがあります。そうでないと細かいニュアンスなどが伝わらないからなのでしょう。
久々にギンズバークのCDを引っ張りだそうかな。80年代の録音だったと思うけれど。
2011年02月07日 20:02
片桐ユズルさんは、実際、ビート詩人たちに混じって米国で自作詩を朗読したこともあるし、詩人たちとも個人的に交流があったので、単に「紹介した人」ではないのですよね。その英語力とパーソナリティで、レクスロスから「ユズルは国連の通訳をやるべきだ」とか言われていた。ただ、その後、詩の世界と離れたので、諏訪優さん他が専門家になりました。でも、諏訪さんの訳は、僕にはなじめないですね。

ユズルさんはゲイリー・スナイダーと仲が良かった。田村隆一、谷川俊太郎、片桐ユズルの三人が朗読をしながら全米を回った時も、スナイダー宅に泊まったそうです。これも古い話ですね。(苦笑)

でも、片桐ユズルの詩集『専問家は保守的だ』に納められた詩の数々は、日本語で書かれた最初で最後のビート詩だと僕は今も信じています。
yokoi
2011年02月07日 21:23
片桐ユズル+中山容訳といえば『ボブ・ディラン全詩集』だけはまだ持っています。あんな感じなのかな。ギンズバークの訳も。だとしたら…、暇な時にでも古本屋を探してみよう。
jazzflower
2011年10月19日 17:41
今週末10/22(土)六本木「新世界」で「白石かずこTrue Jazz Night」第2弾があります。共演は井野信義・ゲスト梅津和時。偶然ながらこの組み合わせは、上記コメントにもある1988年のギンズバーグ初来日時(@砂防会館)の再現。で、かずこさんに、ギンズバーグの想い出を語ってもらい、質問も受けることになりました。また梅津さん宅からアレンにその時渡された(彼の曲?の)譜面が出てきて、その曲でかずこさんが「HOWL」を読んでみることになりました。かずこさんが他人の詩を読むのは僕ははじめてみます。第一弾4/8同様、相当Deepな夜になりそうです。よろしければ目撃しにお出ましください。

この記事へのトラックバック

  • エアマックス 2010

    Excerpt: HOWL: Allen Ginsberg - ビートニクスと朗読 asianimprovのアジア系アメリカ雑記帖/ウェブリブログ Weblog: エアマックス 2010 racked: 2013-07-23 20:29