好きの嵐 ― 現代詩とポピュラーミュージック

画像


山本秀行さんの書いたものを目当てに手に入れたらケネス・レクスロスについて言及した論文がふたつも入っていて、「珍しいなぁ」とページをめくっていたのだが、途中で、「ああ、これは<好きの嵐>やな」と苦笑してしまった。それに、偉大な○○とか、名曲とか、そういう余計な修飾語が出てくるので、レクスロスやディランやレナード・コーエンが好きだという<趣味>は合うとはいえ、しらけてしまった。なにゆえ「偉大」なのか、「名曲」なのかを示すのが研究者の仕事だろう。それを最初から・・ねえ。

それに、クラプトンやマッカートニーが功成り名を遂げ、「余裕綽々の老後を送るおとなしい年寄りになった」のにディランはそうではなくて、「いつまでも不機嫌」だという雑誌記事を引き合いに出してディランを持ち上げるこの「反体制幻想」「サブカルへの追想」はなんとかならんのか。(苦笑)ブログ主もそういうのが好きなので(笑)、そう書きたい気持ちはわかる・・・けれど、それは「気持ちがわかる」だけであって、自分じゃあ絶対書かない。だって、60年代や70年代ではないのだ、今は。ディランの項の結論として、「ディランはヒップで若い」と書いているのだが、これも「好きの嵐」で、一般的にはボブ・ディランは「過去のひと」だろう。

論者はこうも書く。

「腐敗した文化やライフスタイルを打破すべく登場した彼ら(ボブ・ディランに代表される音楽のことだろうbyブログ主)の音楽が開花するのと同時に、フォークやロックがビジネスになることを見抜いた連中によって彼らは徐々に資本主義文化の中に取り込まれていくことになる。」

ダメだこりゃ。

反体制であったフォークやロックがビッグ・ビジネスになったのは事実だが、それを「取り込まれた」と解釈するだけでは・・物事の半面しか見ていない。物事もビジネスも、一方がもう一方を「取り込む」というような単線的で一方向的なベクトルでは進まない。反体制の音楽が体制に取り込まれたのは、取り込まれるなんらかの要素が取り込まれる側や時代にあったからである。

それから、ディランは「鋭さを失っていない」から97年のグラミー賞を取ったとここには書いてあるし、「ディランが1997年以来、ノーベル文学賞の正式な候補になっているのも納得のいく話ではないか」とも付け足してあるが、なんだこれは?グラミー賞の多くがお金とロビー活動で「買える」ことすら知らないで「文化情報学部」で教えられるのだから我が母校も落ちたものだ。商業的なアウォードをディランが受賞したことを批判せずに賞賛しながら、片方では「ヒップで若い」なんだから、自己矛盾もはなはだしい。

それに、なにがノーベル文学賞だ。グラミー賞やらノーベル賞やらという価値基準そのものに「対抗」してきたボブ・ディランがお好きなのだったら、こんな論文は書かないほうがいい。ディランがノーベル文学賞を受賞したら、あなたは嬉しいのだろうが、僕なんか、なんも嬉しくない。

論文の最後のほうで論者はこう書く。

「すべてを金銭的価値に変換してしまう資本主義の文化構造が、このような新しい芸術運動、アヴァンギャルド的メディアを商業メディアに変換してしまう呪縛から、果たして私たちは逃れることができるのであろうか。」

まず、「資本主義の文化構造」とはいかなるものかを説明してほしい。「すべてを・・」からの文脈では、論者はマルクス主義の影響を受けているように思えるが、だったらなおさら説明が必要だ。「資本主義の文化構造」が存在するのなら、「資本主義でない文化構造」とはどんな「構造」をしているのか。それは旧社会主義国が有していた「文化構造」のことなのか。「呪縛」って・・資本主義とは何かなんて、いまだに議論百出の難題なんだから、簡単に「資本主義」の「呪縛」なんて書かないでほしいんだけど。「果たして私たちは逃れることができるのであろうか」って、そんなお気楽な結語で論文を終えていいのか?(苦笑)

ケネス・レクスロスを評価してくれていることについては、この論者にもヤリタ ミサコさん(この人の論考のほうが読ませる。但し引用が多すぎるのが難)にも感謝したい。かつてレクスロスに何度も会った者のひとりとして、また、ビート詩人や詩にいまもひかれる者としてもありがたいとは思う。でも、こんな認識では、とても満足できない。

こんな夢のような文章を書いて原稿料をもらう。そういう連中のことを、かつて、片桐ユズルは「芸術家村であそんでくらした」(*)と書いた。

(*)『専問家は保守的だ』片桐ユズル, 1964

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 1

なるほど(納得、参考になった、ヘー)

この記事へのコメント

yokoi
2010年10月14日 08:45
ケネス・レクスロスにお会いしているのですね。羨ましい~。レクスロスについては白石かずこさんからいろいろお話をお聞きしていたのです。つい数日前、本棚をゴゾゴゾしていたら『ほんやら洞・八文字屋の美女たち』という本が出てきて(誰からもらったのだろ?)、白石さんとレクスロスが一緒に写っていました。

昔、レクスロスの翻訳本は探したけどなく、仕方がないので英語の本を何冊か買った記憶があります。20年代のシカゴでハウス・レント・パーティに行ったとか、評論家はディスコグラファーだといったことを書いていてあったような…。(記憶が曖昧)

センセイ方による論文集というのは玉石混交(石の中から玉を探す状態)であるとつい最近も痛感したばかりであります。ほんとうにわかっていないんだから~、ともつぶやきたくなる論文(のようなもの)ものも多し、です。(苦)
2010年10月14日 18:47
yokoi-san

その写真集は甲斐さんの本ですね。僕も持ってるかもしれません。レクスロスには「ほんやら洞」でも大学でも会う機会がありました。親しく会話したわけではないけれど、面白いおじいさんでしたよ。レクスロスは京都が大好きでした。白石かずこにも一度だけ会いましたが、全身真っ赤な服を着ていて圧倒されたことを覚えています。

かつてのゼミの先生が「最近の大学の教員のレベルは非常に低い」と嘆いていましたが、切れる論文を発表する人と、思い込みだけの文章(「好きの嵐」というのは「好きだから好きなの!」と言うしかできない状態のことを意味します)しか書けない人の差がありすぎます。

この論文にしても、レクスロスと北園克衛とディランとコーエンを並べるアイデアは悪くないんですが、結局、「好きの嵐」なんですよ。ひとりよがりだ。

この記事へのトラックバック