アジア系アメリカ文学の裏街道 ― 『ディクテ』

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白旗をあげるわけではないが、僕には歯が立たない。でも、何かを書かなければ気持ちが収まらない。テレサ・ハッキョン・チャの『ディクテ』は、著者の背景を知らないと混乱をきたす種類の作品だが背景を聞いたから混沌から逃れられると思ったら大間違いだ。難解といえばこれほど難解な作品もないだろう。カレン・テイ・ヤマシタも難解だが、ヤマシタがトラック種目でタイムを競うランナーだとすれば、テレサ・ハッキョン・チャは走り幅跳びや走り高跳びや棒高跳びで重力と闘うアスリートである。前者にはゴールラインが見えるが、後者の試技は、跳躍と着陸を果てしなく繰り返す苦行にも似ている。

さて、ブログ主の友人であるYさんのレジュメによると・・<テレサ・ハッキョン・チャ略歴>朝鮮戦争只中の1951年釜山生まれ。(祖父母は日本支配を逃れて満州に移住した亡命者。)韓国軍政を逃れて62年ハワイに移民。64年からサンフランシスコ在住。サンフランシスコのカトリック学校に通い、フランス語を学ばされる。カリフォルニア大学バークレー校でフランス文学、比較文学、芸術学などを学ぶ。76年パリ留学、77年合衆国に帰化。79 年と81 年に韓国へ帰国旅行。80 年ニューヨークに転居。82 年、暴漢に殺される。ディクテの初版は1982 年、Writing Self, Writing Nation が出版されるのは1994年。・・ということで、このひとの「生」(せい)は、あらかじめ失われている。いや、収奪されているのだが、それは、最初に母語があり、その後それが取り上げられるという一方向的なものではない。彼女が引き受けた、もしくは引き受けざるを得なかった複数の言語、文化、民族、国家等々が「テレサ・ハッキョン・チャというひとりの女性に身体化されていく様(さま)」と、「言語化されなかったものの身体化されて疼き続ける記憶と、アイデンティティとを結びつける物語(ストーリー)」(鄭暎惠)がこの『ディクテ』である。

『ディクテ』は英語、ハングル、漢字、フランス語などの複数の言語で構成されている。その中身の難解さにより、僕には突っ込んだ説明はできないけれど、演劇の脚本もしくは創作のためのノートだとしたら、別の読み方が可能になるような、そういう種類の作品だろうと思う。実際、『ディクテ』は舞台化されているし、テレサ・ハッキョン・チャは映画、ビデオ、写真、パーフォーミング・アート、彫刻、平面の作品(絵画)など、多方面で作品を残している多面的なひとだ。『ディクテ』は、実験的といえば実験的だが、自伝的といえば自伝的で、喪失の物語(ストーリー)であると同時に発見のナラティブでもあるというややこしさだ。そして、語ること、語らないこと、語れないことは、別々の苦痛を伴う苦行のようなもので、だからテレサ・ハッキョン・チャはトラックに囲まれたフィールドで、ひとり、助走を繰り返すしかないのである。幅跳びや高飛びや棒高跳びや或いは砲丸投げのための助走を。

以上のような戯言ではなんの解説にも紹介にもならないが、この本には訳者による丁寧な解説文も付いているし、訳注も細かいので、これ以上は専門家にお任せする。僕みたいなのが知ったかぶりをしてごまかせるわけがない。

『ディクテ』は、<アジア系アメリカ文学の裏街道>の代表作であり、墓碑銘である。

『ディクテ』 韓国系アメリカ人女性アーティストによる自伝的エクリチュール 

テレサ・ハッキョン・チャ

池内靖子 訳

(青土社) 2003年

DICTEE







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