Circle K Cycles - カレン・てい・山下のルール

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長編を読む時間も力もないので、比較的ページ数の少ない、イラストや写真の多いカレン・テイ・ヤマシタの戯作的傑作、いやケッサク小説・・かエッセイかわからない(わからなくてよい)作品を再読してみた。買った時に読み始めたのだが、途中でわけがわからなくなり、放り出していた。実は今読んでもどこから説明したらいいのかが難しい・・・というより不可能な本なのだが、題名を『サークルKサイクルズ』という。

タイトルは、愛知県瀬戸市に半年間住んだ時に彼女の住まいが4つの同じコンビニ店「サークルK」に囲まれていたことに由来する。要するに、ヤマシタはサークルKに包囲されたのだ。更に彼女のファーストネームはKarenで、イニシャルはKである。日系アメリカ人三世カレン・テイ・ヤマシタは、サークルKに、そして日本に、二重に囚われたのである。更に、同地で、ブラジルからデカセギに来ている日系人とその社会に触れることでヤマシタの想像力は際限なく拡大し、自分自身のアイデンティティと日本との間で充電と放電を繰り返す。(追記:このKにはブラジルからのデカセギ労働者が担う3Kの仕事のKやコンビニをローマ字にした時のKonbiniのKも含意されている)

極めて簡単にいえば、この本はヤマシタの日本滞在記をヤマシタ流にコラージュしたもの。エッセイあり小説あり写真ありイラストあり英語ありポルトガル語あり日本語あり漢字熟語ありのビックリ箱である。何が飛び出すかわからないちょっと怖い箱だけれど、なにが出てくるか見てみたいとも思わせるという扱いに困るシロモノだ。

なお、カレン・テイ・ヤマシタは、「日本語の訳書では自分の姓名を「カレン・てい・山下」と表記して欲しい」と本書で表明している。「山下」は漢字で、「てい」は祖母の名前でもあるのでひらがなで、「カレン」は英語の名前なのでカタカナで・・という理屈には筋が通っている。しかしながら、日系○○人の姓名はほとんどの場合カタカナで表記されるのが日本の慣例になっている。これらの三種類の文字(カタカナ・ひらがな・漢字)が組み合わさる重層的なアイデンティティこそ自分だと彼女は主張しているように思えるのだが、サンパウロでも瀬戸市でも「純粋な日本人」として扱われる。ヤマシタ自身はそんなことは言っていないが、僕が「日本に囚われた」と書いたのはそういう意味だ。

この本のほとんどは異文化接触に関した記述で構成されているともいえる、が、異文化理解とか異文化との共生とか異文化が出会って新しいものが生まれるなどという楽観は、どこを探しても・・・ない。(笑)皮肉を込めながらも正確度の高いエッセイと、紹介することをはばかられるダークな小説群。ヤマシタは、日系ブラジル人と日本(人)との極めて政治的かつ経済的かつ民族主義的な関係を、日系人(ニッケイ、Nikkei)という視点から書こうといている。それが出来たのは、ヤマシタの、かつてブラジルのサンパウロに住み、ブラジル人と結婚し子供をもうけ、その後、LAにもどるという特異なバックグラウンドのせいだろう。ブラジル文化やポルトガル語に精通した日系アメリカ人は稀である。

「日本におけるブラジル人社会」についての研究は近年どんどん増えているが、そのほとんどがブラジル-日本という軸で書かれている。そこに、常に前向きに彷徨う日系アメリカ人三世作家が太平洋の向こう岸から椰子の実のように流れついた。但し、この椰子の実は叙情に埋没する種子ではない。ブラジルからのデカセギが多い静岡県浜松市にも近い愛知県にもブラジル人コミュニティが幾つもある。当時の彼女がお気に入りの「クールな日本文化」、<舞踏>とマツダの<RX-7>と<ピチカート5>だけを楽しむわけにはいかないのだ。

日本には「日本のルール」がある。それは「○○してはいけません」という否定文が羅列された看板(それは日系ブラジル人が集住する愛知県豊田市に実在する団地に実際にあった)に明らかだ。この「日本のルール」「ブラジルのルール」そして「アメリカのルール」の対比とそこに込められた文化や世界観にヤマシタがどう反応するか、が、煎じ詰めれば、この本の核心部分だろう。ちなみに、「サークルKのルール」もある。それは、(1)自分の祖国に移民せよ、(2)好きな料理は自分で作れるようにする、(3)つねに、その次の問い、を問うこと、だそうだ。あははははは。見事な結論ではないか!

しかし、この、その間に恐ろしく落差のあるみっつのルールを普通の方法(フィクションもしくはノンフィクション)だけで説明するのは大変だ。常識的な方法論では無理。だから、掟破りであることを承知で、ヤマシタは、自分を包囲する「サークルKサイクルズ」的世界からまるで新聞を切り抜くように切り取ったリアル或いはアンリアルの断片に糊をつけ、「貼り絵」にすることを思いついたのだろう。横長の絵本みたいな変形本になっているのも計画的だ。これはヤマシタのスケッチブックなのである。「貼り絵」はのりしろの部分で厚みが増し、ごつごつと立体的になるし影も出来る。この「貼り絵」的な効果を楽しめるか奇異に感じるかでこの本の評価は分かれるだろうが、ポップでキッチュでエロティックでダーティーでユーモラスで救いようのない世界が、そう、「嘘ですらない世界」が、世界一便利な日本のコンビニ(サークルK)の陰画だとするのなら、誰もカレン・テイ・ヤマシタの試みを非難などできやしない。

Circle K Cycles / Karen Tei Yamashita (Coffee House Press, 2001)

余談:Lawson Fusao Inadaを描いた短編ドキュメンタリー映画"...I Told You So" by Alan Kondo (1974)を畏友のSさんより受け取る。自作詩朗読、故郷フレスノ、そしてアジア系作家の若き日の姿など、貴重な映像が満載。74年のイナダも、90年代のヤマシタも、世代としては日系アメリカ人三世だが、ふたりの作品の落差に「苦笑」した。この「苦笑」はしかし失望の「苦笑」ではない。

もしローソン・フサオ・イナダが関西に来たら、自分の名前のコンビニの多さに驚くだろうか。うふふっ。

ろーそん、どぅー、でんばぁ~

from "Denver Union Station" Lawson Fusao Inada

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