シャム双生児と黄色人種-メタファーの不条理性を通して語る文化的専有とステレオタイプの脱構築

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最近は読まなくなってしまったけれど、かつて僕は筒井康隆のファンだった。ハチャメチャなスラップスティック、本格的SFになりそうでならないSF、こんなことを書いて大丈夫か?という黒いパロディー、そして、少年少女を胸キュン(表現が古いが)にさせたジュブナイルものまで、筒井康隆ワールドは時間を超える。最近もNHKで七瀬シリーズがドラマ化されていた。

カレン・テイ・ヤマシタのこの短編小説『シャム双生児と黄色人種-メタファーの不条理性を通して語る文化的専有とステレオタイプの脱構築』は、読者を混乱させる。これが小説なのか小説のパロディーなのかメタ&メタテクストのひっくり返しなのか転倒なのか、はたまた、アジア系アメリカ人から肋骨と背骨を抜いてすりつぶし、シャム双生児・・じゃない、ソーセージにする想像のレシピなのか、もしかしたらトンデモナイ真実を孕んだ逆立ちしたリアリズムなのか、さっぱりわからない。だから、「読後感は筒井康隆だ」というくらいしか僕には言えない。

この間のポストで、カレン・テイ・ヤマシタの作品世界を僕は「嘘ですらない物語」だと書いたが、この『タイ風ソーセージとマスタード』・・じゃない、『シャム双生児と黄色人種』も、「嘘ですらない物語」である。虚実の皮膜とか、メタファーとか、真正性と構築性とかいう「一見それらしい分析的言語」で説明されることを拒否する作品である。

乱暴に換言すれば、カレン・テイ・ヤマシタは、自分の作品が「それらしく」分析されることから全速力で逃げ、逃げながら書き捨てている。自分の作品が所謂「小説」であると思われないように「小説を逃げて書いている」のだ。

・・・というような苦し紛れの解読をする僕みたいな読者を想定してカレン・テイ・ヤマシタは筆を進めていたのだろうと思うと悔しくなるが、この短編を噛みつぶした時に口に広がる苦味には、媚薬のような抗えない甘美さもあるので困る。

世界文学のフロンティア5 『私の謎』 岩波書店 所収



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