学会で風呂敷を広げる - アジア系アメリカ芸術はアジアに環流できるか?

画像


上の写真は「人魚の肉」で、発表では触れなかった出し物です。それで、次に私が喋ったのは、ブレンダ・ウォン・アオキとマーク・イズのコンビに子息のKKが加わった舞台「グンジロー叔父さんの恋人」で、ブレンダ本人から手渡された最新のDVDを見せたのですが、録音レベルが低く、ボリュームを最大にしても台詞が聞き取りにくかったのが残念でした。自宅のDVDプレーヤで再生するぶんには問題なかったんだけどなあ。残念。でも、どういう場面かは説明したし、ブレンダ・ウォン・アオキによるスポークン・ワードの特徴(アジア系アメリカ人のスポークン・ワード・アーティストは結構いるので)も押さえたつもりです。発表の中身ですが、このブログでは既に何度も書いているし、くどくなるので、レジュメだけを貼り付けておきます。

画像


画像


ブレンダ・ウォン・アオキのパフォーマンスは、アジア系アメリカが育んだアートであると同時に、アジア系アメリカという枠組みを--アジア系アメリカと他を隔てるボーダーを--越境しつつあるということを話したと思います。ブレンダの芸の面白さは、能楽、狂言などの日本の芸能から、スペインのフラメンコ、中国の古典文学、日本の怪談まで、自分のルーツである国々の文化を貪欲に学んだ上に成立しているところです。そして、それらの複合的な文化表現が、「本物-偽物」という二元論に陥ることなく、ブレンダの肉体の中で不思議な形で成立している。ここが大切なポイントだと、そんなことも喋ったかもしれません。

これだけなら、アジア系アメリカ人とそのルーツの国々という「場」の問題になってしまいますが、私はここに「時間」の感覚を付け加えました。例えば、「グンジロー叔父さんの恋人」は、初演の頃とは異なり、子息のKKに語り聞かせるという構成に変化している。ここに「アジア系アメリカ文化の継承」を見ることもできるのではないでしょうか。ヒップホップ・ダンスの巧いKKはまだ中学生ですが、両親と同じ舞台に立ち、自分自身の先祖の物語を聞く役割を果たしているだけでなく、観客の代わりにブレンダ・ウォン・アオキの語りを受け止める役割も果たしている。この二重性もブレンダ・ウォン・アオキの舞台をより重層的にしていると思うのです。

画像


次は、ブレンダ・ウォン・アオキの最新の作品"Ghosts and Girls"をサンフランシスコで実際に観た、このブログにも時々立ち寄ってくれるSF在住の日本人大学院生Aさんの感想を引用しながら、ブレンダ・ウォン・アオキの直近の舞台が日本人にどう映ったかを説明しました。

実は、この感想が素晴らしく的を射ていて、私が表現したいことをそのまま代弁してくれていたので、本当に助かりました。Aさんにはこの場を借りて・・というのも変ですが・・感謝いたします。m(_ _)m

画像


例えば「英語を聞いていても日本語のような、そんな不思議な気分になりました」とか、「マークさんの笙、私は雅楽の笙しか知らないので、その枠組みを越えたところで演奏されているのが最初は「おお!」という感じでした。ベースも、日本の楽器じゃないのに日本の楽器のように聞こえてくるところがとても不思議な感じがしたんです。その感じが波のようにやってくる、独特の世界の舞台でした」という部分は、ブレンダ・ウォン・アオキの他の演目にも共通するまさに「不思議な」なにかなのです。

                                                             (つづく)

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント

bluesnow
2008年06月11日 01:42
昔、日本人はよく「国際化」という言葉を使いました。そのときの意味は、日本人(企業)が日本の外に出ていくこと、もしくは、外国人が日本社会に入ってくる、異質な人と共存しなければ、といった文脈だったと思います。それはいつも、異文化を背負った他者と自分、という二分論?の視点に支えられた「国際化」論で、結局日本人(社会)は、お題目として唱えたわりには、この30年、国際化することはなかったな、という感覚を私は持ってます。というのも、国際化とは、物理的に外の世界に出ていったり、外の人間を受け入れることではなく、自分の中に「世界」をもつことだと思うから。その意味で、ブレンダ・アオキさんのアートってすごいな、とうらやましくなります。
2008年06月11日 22:43
蒼い雪さん・・ですね。いつも訪れていただきありがとうございます。m(_ _)m

自分の中に「世界」をもつこと。その通りですね。幾つもの世界を抱えると「不安定」になることもあるでしょうが、その「不安定」を解決していく過程で凄いものが得られるのだと思います。

「国際化」ってお題目は、結局、「駅前留学」みたいなものですね。(笑)気楽に外国人と会話するだけでは何も得られない。「自分の中の他者」と関わらないと・・。

私も、このブログでは「わかったようなこと」を書いていますが、実際は、全然わかっていない。だからこそ、ブレンダやマークの持つ「世界」が眩しいのでしょう。

この記事へのトラックバック