『キムチ』 ウーク・チャング著 (青土社) 2007

画像


あまりにも切ない 自分をとりもどす物語
キムチなしで一ヵ月も過ごすと、僕の血は騒ぎ出し、この辛いサラダを求めて叛乱を起こし始める。韓国人として横浜で生まれ、カナダで育ち、パリに流れ、日本で唯一のものを見つけた。ディアスポラを生きる男のまったく新しい韓流小説。

学生として日本にもどってきた男。
男は韓国人として横浜で生まれ、カナダで育った、コリアン・ディアスポラだった。
日本で出会った二人の女との恋。
しかし、幸せな時間は予想通り、クリスマスの夜に最悪の結末を迎えてしまう。
それから二十年。作家として来日した男の人生に予期せず二人の女の人生が交差しはじめる。
そして男はパリへと飛んだ。
最後に、果たして、東京で男は何を見つめるのだろうか。


「キムチ」という題の小説を、予備知識なしに読んでみた。困った。謎めいている出自や、横浜への<帰郷>や、大阪でのレンアイやらも、僕のなかを素通りしてしまうのだ。最後のほうの二種類の手紙も、東京での<再会>も、とってつけたようなエピローグに思えてしまう。

上のイタリックの部分は、出版社のサイトからそのまま引用したものだ。「韓国人として横浜で生まれ、カナダで育った、コリアン・ディアスポラ」という説明は間違ってはいないが、当たってもいない。なんと表現すれば適当なのか、僕の能力では難しいけれど、ウーク・チャングという作家は知性が勝ちすぎていて、言葉の世界でディアスポラできるひとみたいだ。

知性は必要だし言葉は磨かれなければならない。しかし、主人公がキムチに対する「渇望」を1頁に渡って述べても、キムチを外側から崇めているように感じてしまうのは何故だろう。キムチの臭いが漂ってこないのは何故だろう。横浜、カナダ、福岡、大阪、京都、韓国、パリ、東京他とトランスナショナルに移動する主人公は、実に饒舌で、日本文学を読み込んでいるインテリで、ひ弱で、結局は自分のことしか頭にない男のように見える。実際、主人公は、どの都市へ移動しても拒絶されるのだ。その「根無し草」性こそが、ディアスポラこそが、「見放された者」のみが「本当の○○人」なのだ、という1頁も、どこか言い訳めいて聞こえる。

「あまりにも切ない 自分をとりもどす物語」をけなしたくはないけれども、僕にはピンと来ない作品であった。しかし、カナダ・日本文学賞を受賞しているのだから、これを評価するひとはいるのだろうし、僕の読み方がひねくれているのかもしれない。

でも、こういう小賢しいのは苦手です。鬱陶しいぞ。(苦笑)

追記:「小賢しい」と書いたが、要するに、修辞的技巧が過剰なのだ。カナダの仏語圏で育った著者の母語はフランス語で、この小説もフランス語で書かれているからかもしれない。いや、それはフランス語に対する偏見か。なんとなくだが、「実存主義」という古ぼけたタームを思い出してしまった。




ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント

蒼い雪
2008年01月11日 06:50
カナダ・日本文学賞って、どこの国の賞で、どんなところがスポンサーになってるんでしょうか。それによって、本の評価も決まってくるのかも。。
2008年01月11日 22:31
カナダの国立芸術文化振興機関でカナダの芸術の発展を育成する基金「カナダ・カウンシル」がスポンサーのようです。「カナダ・日本文学賞」は、カナダの作家に日本に関する作品、日本のテーマ、または日加両国の相互理解を促進するテーマの作品を執筆するよう奨励する目的で、2年毎に授与されます」とのこと。
etchan
2008年01月12日 00:05
どうであれ大変興味をおぼえたので通り道の本屋を何軒か探したけれど、見つかりませんでした。検索しても在庫が少ないという感じ。しかも各図書館(アクセスしやすい)では貸出中・・・。

ちらりと読んでみてから又寄ります~。
etchan
2008年01月14日 01:24
某所K伊國屋でザッと立ち読みしてきました。
横浜中華街・・・氷川丸・・・思わずおぉっと唸るキーワードがてんこ盛りw。最初どうして中華街(鶴見とかじゃなくて)?と思ったのですが、バンクーバーへ繋げる為には必要な場所だったのですね。あの辺の描写が細かくてリアル。
ただ登場人物は色んなタイプの人を狭い交友・家族関係に詰め込みすぎている感があり、そこが全体の味付けが薄味というか大味になっているのかもと思いました。だからか、「両親のミスマッチが自分の不運?の原因」と通奏低音のようにボヤいている印象だけが強く残っている、というのは言い過ぎかしら(あ、これはついでに自戒もこめてます、えへw)。

仏語はメルシーとミルフィーユしか分からんちんなので、岩津氏の訳が良いのかどうなのかも分かりません。確かに頭でっかちな所はあり、辻人成のエッセイを読んでる感じが無きにしも非ず(笑)。でもKerri Sakamoto女史の仏訳を手がけたりもしてるようですね。
ネタばれを避けたいので、ここではこのへんでw
etchan
2008年01月14日 01:28
訂正。
あ、辻 仁成ですわねw

この記事へのトラックバック