誰がお経をあげるのか? 追悼:植木等さん

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故ハナ肇は、生前、「俺が死んだら植木屋(植木等のこと)にお経をあげてもらう」と言っていたという。周知のように、植木等の実父は真宗の僧侶で、戦時中に戦争反対を唱え、何度も投獄された人物である。だから植木等はお経が読めるのだ。

ハナさんが亡くなってずいぶん経つが、植木さんだけは死なないと思っていた。しかし、青島幸男の葬儀に、鼻に酸素チューブを付けた植木さんの姿が映ったとき、嫌な予感がした。

僕がこどものころ、一番好きだったのがクレイジー・キャッツだった。大阪の松竹新喜劇や吉本よりも「しゃぼん玉ホリデー」であった。「大人の漫画」であった。「植木等ショー」だった。

誰がお経をあげるのか?(涙)

すいすいすーだららったすらすらすいすいすい~っときたもんだ。(涙)

ただただ、合掌。

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この記事へのコメント

chi-B
2007年03月27日 22:51
えっ!(絶句)
今ここを覗かせてもらって始めて知りました。さびしいです。本当に。
私にとっての想い出は、父が幼い頃に買ってきてくれたレコード、童謡集「パパといっしょに」です。子役の上原ゆかりさん、パパ役の植木等さん、がお芝居をしながら劇中歌を歌います。それが優しい声で、優しいパパで。その親子役の二人の姿を若き日の父は、自分と私に重ねていたと思います。よく一緒に歌いました。それ以外にも、ギターを持ってロマンティックに歌われるのも大好きでしたし、私はモノ心つくかつかないかの頃に祖母の背中に負われて、スーダラ節を大声で通して歌っていたそうです。いっぱいの想い出をありがとうございました、という気持ちでいっぱいです。
etchan
2007年03月28日 02:35
三途の川渡る前に、「お呼びでないっ!」と引き返してきて欲しかったですわ・・・合掌☆☆☆
KISHIKO
2007年03月28日 16:48
子どもの頃、初めて「スーダラ節」を聞いた時と、
ビートルズの「抱きしめたい」を聞いた時、
子供心に、
物凄く衝撃を感じたものです。

戦後高度成長の右上がりカーブに、ちょうど入る頃で、
民主化されたとはいえ、まだまだ大人の会話の中に
「戦中」を引きずっているところがありました。
それが、企業戦士の隷属にうまくスライドしていったのでは…と
思っているのですが。

そんなときの、植木等や青島幸男の「お気楽さ・いい加減さ」や
ビートルズの「長髪」「エレキギター」と奏でる「革新的音楽」に

…こんなのって、どーなの?

と、子供心に当時の時代風潮と、全く相反する得体の知れないものを強く感じたものです。

ということで、幼い私の意識の中に「植木等」は「革新的な存在」として熱く記憶されました。

もう、植木さんのステージや「名古屋嫁取り物語」は見られないのですね・・・
残念と感じると同時に、革新の光がまたひとつ、遠ざかったような気がして、背後に物々しさを感じる、今日この頃です。

・・・植木さん、お疲れ様でした。
Jack
2007年03月28日 22:20
植木さんのお父さんは、単に戦争反対を唱えた平和主義者というだけでなく、被差別部落出身者として水平社の立派な活動家であったという事実をメディアはカバーしません。同和関連の不祥事が出ると大騒ぎする同じメディアが、なぜこうした植木等という万人に愛される役者・音楽家を生み出した「土壌」を意図的に伝えようとしないのか、私達は不審に思うべきだと思います。
yako
2007年03月29日 22:09
chi-Bさん、私も「パパといっしょに」父に買ってもらって大ファンでした!植木等と上原ゆかりは本当の親子だと思いこんでいたほど。「パパちゃん教えて 海はいつだって青いのにねぇ・・・」で始まる歌、今でも大好きです。懐かしいなあ。「なあぜ?ね、パパ 青い鳥は・・・」で始まる歌はどんな歌でしたっけ?誰か教えてほしい。
2007年03月29日 22:15
Jackさんいらっしゃいませ。

そうですね、お父上の徹之助は社会運動に熱心なひとであったことは植木等自身も書いているとおりです。但し、手元の本『ハナ肇とクレージーキャッツ物語』山下勝利著並びに『植木等と藤山寛美』小林伸彦著には、お父上が被差別部落の出身であるという記述はないので、この部分は僕にはわかりません。前者には「(植木等の)父親の実家は三重県の度会郡大湊(現在の伊勢市)で塩や木材を扱う回船問屋「孫六屋」であった」とあり、結構裕福な家庭に育ったひとだったようです。ちなみに、徹之助と結婚した母親「いさほ」が同じ三重県の浄土真宗大谷派の西光寺の長女で、この縁で、結婚後、父親は仏門に入ることになります。得度した後の名前が徹誠です。

植木徹誠は社会主義者として、労働運動や被差別部落解放運動に関わったのですが、若い時にキリスト教徒として洗礼を受けていたのに、その後、僧籍に入るという「支離滅裂」な人物だったと植木等は何度も語っています。そして、そんな父親を誇りにしているとも・・
2007年03月29日 22:29
chi-Bさん、yakoさん

あれは「花とおじさん」って歌じゃなかったかなぁ。うーん。わかりません。誰か知っているひとがいないかなぁ?

2007年03月29日 22:32
KISHIKOさん

植木等自身はクラシックの声楽を学びつつジャズギターを弾きつつコミックバンドもやるという多彩なひとでしたが、真面目な歌手志望の青年植木等が「スーダラ節」を歌う時、強い抵抗があったそうです。でも、そういう「生真面目さ」が時として「革命的」なものを生み出すこともあるのですね。真面目から不真面目への落差が凄い。「ハイ、それまでよ」なんてのは落差そのものの歌でした。「あ~なただけが~生き甲斐なの~」「てなこといわれてその気になって」

但し、「父親が<スーダラ節は親鸞上人の教えに通じる>と言ったから歌った」というテレビで流れているエピソードは誤りです。手元の本によると、「スーダラ節」がヒットした後に父親が「あの歌は真理を突いている。まさに親鸞の教えそのものだ。わかっちゃいるけどやめられないという歌詞は人間の弱さを表現している」と言ったのが本当です。

しかし「わかっちゃいるけどやめられね」というのは、確かに、本質を突いていますね。(笑)

いっそのことブログのタイトルを「わかっちゃいるけどやめられないアジア系アメリカ雑記帖」に変えようかな。(爆笑)
chi-B
2007年03月30日 02:10
スミマセンまた来てしまいました。yakoさんが歌詞を書いて下さったのでどんどん記憶が蘇って来ました!ありがとうございます。♪パパちゃん教えて 海はいつだって青いのにねぇ、はタイトル曲の「パパといっしょに」だと思います。”世界でいちばんすばらしい~、私の大事なパパよ(植木さんはココで♪ゆかりとハモるのでした)”。yakoさんの仰っている♪ね、パパ、ね、パパ、青い鳥は~(私もここまでしか歌えません><)は「おとなとこども」というタイトルだったように思います。哀しげなメロディーの。いつか大人になったら君にもわかるよ、というようなメッセージも込められてたように記憶していますが、うろ覚えです。ほんとにどなたか持っておられたら、今一度ききたいですね。泣いてしまうだろな~。
yako
2007年03月30日 23:43
スミマセン私もまた来てしまいました。私だけの遠い記憶と思っていたことを共有できる方が続々いて、嬉しいです!私1958年生まれ。上原ゆかり(1956)と同世代。私も父とハモってみたかったけどうちの父は信じられないほどのオンチで、叶いませんでした。クレージーキャッツの全集を買えば入っているようですが、2曲を聴くために買うのはねえ・・・。Yahoo!オークション「植木等と上原ゆかりの童謡集」ソノシートというのを見ていたら画像が出てきて泣きそうでした。「ゆかりが魚屋さんになったらかわいいだろうなあ。」と「パパ」が言って、「かわいい魚屋さん」の歌が始まることまで思い出しちゃいました。鳥肌が立つほどなつかし~。
2007年04月07日 19:54
9日間ほど休養しておりました。(^^;)

chi-Bさん、yakoさん、どうぞどうぞ、何度でも来て下さい。(笑)

しかし、植木さんはいい声してるし歌も巧い。

その才能とセンスの良さには今更ながら驚かされます。
KISHIKO
2007年04月07日 21:51
休養…なさっていたとのことですが、体調不良でしょうか?
お体の方は如何ですか?

ところで、このところ名古屋でも、県会・市会の議員選挙(明日ですね)活動で、連日、選挙カーの「雄叫び」が凄かったのですけどね。

・・・そうしたところ、今回、名古屋市議に立候補された方で、「植木等さん」の甥の方がいらっしゃるのですね。選挙公報でも、しっかりその点をPR項目にうたっていました。「クレージーキャッツの植木等の甥」と。

そうすると、団塊の世代には通じても、ウチの娘のような年齢には、「クレージー」はピンとこないかもしれません。

でも、つい、ご葬儀には行かれたのだろうか?とか、植木さんに似てるかどうか?お顔を振り返ってしまいますね。(完全にミーハーおばさんです)
2007年04月09日 21:47
体調は・・そこそこです。でもご心配なく。(^^;)

「植木等の甥です!」と選挙カーからウグイス嬢が言うのは・・聞きたくないですね。(笑)で、その候補者は当選したのかな?

しかし、石原都知事って、当選するやいなや、威張り倒してますね。記者会見の様子を見ると、言動や態度が傲慢極まりない。あのひとが知事で本当にいいのですか、東京の皆さん? 

ま、ブログ主の県だってろくな知事はいないけれど...
KISHIKO
2007年04月10日 00:57
今日は朝から、石原都知事の全開の様子が、NHK教育テレビ以外の、どの局を着けても映っていて、もうすごく不愉快でした…
その度に、その偉そうな顔を避けるために、リモコンをプチプチ押して…

プチプチ押しながらも、なんだか、本当に悲しくなりました…

なんか、聞いた話では、弟の「裕次郎さん」の奥様、有名女優の「北原美枝さん」は実は、在日韓国人で、かつて、兄の石原都知事から結婚を猛反対され、結局結婚することになったそうですが、そのときに、北原美枝さんに「三等民族の血が流れている子孫を作るな!」とのことで、子どもをつくるのを許さなかった…という話をききました。

石原都知事って、結局、その程度の人間なのですね・・・情けない。



2007年04月10日 22:15
その事実の真偽までは僕にはわからないけれども、石原都知事の「「三国人」嫌い」は明白ですし、外国人に対する排外主義的な言動には呆れます。植木さんのトピからこんな話題になるのは嫌だけど、嫌なものは嫌だと言っておかなければね。体に悪い。(苦笑)

オリンピック誘致というけれど、北京の8年後?に再び東アジアの東京が開催都市に選ばれるのは常識的に考えて無理です。大風呂敷でごまかしているとしか思えない。
etchan
2007年04月11日 01:56
東京の隣県に住む者ですが、そのまま現職知事が当選しました(もちろんあたしが入れるわきゃない)。こやつは単なるコバンザメです。誰の?って、もちろんヤツのですがな(呆)。
いちおう東京都に続く人口の多い県なので、もっと自立してもいい、いや自立せなかん!と思うのですが・・・ね(かくいうあたしも郷土愛などありませんがw)。

植木等さんの甥が名古屋におられるとは知りませんでした。名古屋を離れて随分たつので、現職の知事も名古屋市長もどなたか知らんです(本山ってヒトしか覚えていないw)。

名古屋の中学生時代に、名古屋オリンピック誘致騒動がおこりましたが、地元は案外冷静で、無理だがね~、土地もあらせんわ~、どうせTVの方がゆっくり見れるに、と冷めてたのを覚えてます。勿論ソウルで正解でしたw
etchan
2007年04月11日 01:58
ついでに、あたいも元祖三国人の子孫ですがなww
k-e
2008年03月14日 15:17
古い、ぼろぼろのメモがありました。メモなので違っているかもしれません。懐かしいのでメモから起こしてみました。”大人と子供”  
パパ 夜に なって 星が出ると ユカリは どして 空を見るの、子供 ねぇパパ ねぇパパ 青い鳥は いつも どこに いるのかしら ユカリが いくら 待っていても 飛んで 来ない なぜよ ねぇパパ 夜になって 暗くなると お日様どこで 何をしてる? ユカリも 空を 飛んで みたいな! なーぜ ねぇパパ 空は青い、パパ ユカリ! ユカリ! 青い鳥は きっと ユカリに 逢いに来るよ きっと いつか 逢いに来るよ だから そっと 眠りましょね 夜になると あのお日様も ユカリが 夢を見てる時に 海に沈み そっと眠る!、子供 なーぜー? ねぇパパ 泣いているの?、パパ ユカリ! ユカリ! 青い鳥を ずっと パパも 探していた ずっと それを 探し続け 探し続け ユカリにあった ユカリは パパの 青い鳥よ 良い子で 元気に 育っておくれ
明日も 青い空の下で ・・・

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