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zoom RSS 「暑い8月の朝」と「奇妙な感覚」 - YOKOHAMA, CALIFORNIA

<<   作成日時 : 2011/07/28 23:20   >>

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既に何度か紹介しているサンフランシスコ・ベイ・エリアの日系三世たちがメンバーのYOKOHAMA, CALIFORNIAのアルバムだが、宮田信さんが米国で元リーダーのピーター・ホリコシと会い、歌詞付きのライナーノートまで入手してくれた―なんという行動力!―おかげで、このところ、歌詞とにらめっこしながら楽曲に耳を傾けている。

まもなく8月。昨秋、「サンデー毎日」のコラムで川井龍介さんも取り上げていた"HOT AUGUST MORNING"「暑い8月の朝」は、ヒロシマ、ナガサキ、アトミック・ブラスト、等々の、歌詞になりにくいコトバが多用されているにもかかわらず、また、歌うのが難しい題材であるにもかかわらず、読後感・・じゃない、聴後感がずーっと残る曲だ。

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A面1曲目の「タンフォラン」と同じく、B面の最初を飾るこの曲は「語り」から始まるのだが、これが長い。しかし、注意深く聴くと、このナレーションがこの曲に必要不可欠な「助走」であることがわかる。カリフォルニア生まれの若い日系アメリカ人にとって、原爆とは、ヒロシマやナガサキとは、どういう意味を持つのか。バークレーあたりに暮らす都会派の三世が、ある「暑い8月の朝」に感じた奇妙な感覚について、アコースティック・ギターのアルペジオをバックにホリコシ(だと思う)がゆっくりと語り始める。

HOT AUGUST MORNING

Performed by YOKOHAMA, CALIFORNIA
Written by Peter Horikoshi

(Narration)
A hot August morning in Fresno, but not if you’re a Fresno Jap.
Hot if you’re from Berkeley and used to colder weather.
Got up at 8:30 a.m., sun shining and time to go.
So I stepped outside and a warm blast of air hit me.
Refreshing for a country boy become city boy.
But still, a strange feeling - the air is quiet … still … silent.
Strange, it feels like Hiroshima might have felt on that hot August morning.
Sun beating down on our brown skin, just like kids in Florin
trying to be the darkest tanned.


(拙訳)
フレスノでむかえた暑い8月の朝
でも、もし君がフレスノ・ジャップなら暑いとは感じなかったろう
ここより涼しいバークレーから来た君には暑いだろうね
8時半に起きると、太陽は輝いていた、さぁ、出かける時間だ
家から一歩外に出ると、暖かい空気のかたまりが僕を襲う
それは、田舎の少年がシティー・ボーイになるすがすがしさ
だけど、まだ残る、奇妙な感覚、外の世界は静かで、しんとして、沈黙している
奇妙さ、それはあの暑い8月の朝にヒロシマが感じたに違いない奇妙さ
太陽は僕たちの褐色の肌に照りつける、どれだけ日焼けしたかを
競うフローリンの子供たちのように


テキトーな訳なので、誤訳のご指摘大歓迎です。よろしくお願いします。

上記は語りの部分の前半だが、「フレスノ・ジャップ」の「ジャップ」は差別語のJapではなく、「フレスノに住んでいる日系アメリカ人」、要するに、農業に従事する、田舎者のJapanese Americansのことだ。フレスノはカリフォルニア州の中部にあり、涼しいベイエリアとは気候が違う。歌詞から、同じカリフォルニア州でも、様々な「日系人の世界」があることがわかる。音楽は音楽だけでは終わらないのだ。

ある朝、フレスノのホテル(?)で眼を覚ました「彼」は、バークレーあたりで暮らす都会派の三世らしい。朝の8時半だというのに、彼の体を熱風が襲う。しかしそれは単なる暑さではない。奇妙な感覚。静かで、静謐で、沈黙しているような・・

後半はこうだ・・

A hot August morning in Livermore,
I remember the Hiroshima-Nagasaki commemoration in 1970.
We went to Livermore, across from the radiation laboratory,
and shared one minute of silence for those in Hiroshima 25 years before.
But still the same funny feeling --- quiet … still … silent.
Check the sky for B-29’s that would not come today.



(拙訳)
リヴァーモアでむかえる暑い8月の朝
1970年に開かれたヒロシマ・ナガサキを記憶する催しを覚えている
僕たちはリヴァーモアに向かった、核実験所を横切り
25年前にヒロシマにいた人々に一分間の黙祷を捧げた
だけど、まだ残る、同じオカシナ感覚、静かで、しんとして、沈黙している
空を見上げて確かめる、B29は、今日は飛んでこないことを


うーん、かなり怪しい訳。(苦笑)なお、カリフォルニア州リヴァーモアにあるのは「ローレンス・リバモア国立研究所」。1950年代に核兵器開発を目的として設立された有名なラボだそうだ。そういう町で「ヒロシマ・ナガサキを記憶しよう」というイベントが1970年に開催されたことを何人の日本人が知っているだろうか。無論、私も知らなかった。核実験場といえばネバダ州しか思い浮かばない。

「彼」は黙祷する、が、それでも、なにか奇妙でオカシナ(funny)感覚が消えない。空を見上げても(ヒロシマ、ナガサキに原爆を落とした)B29は飛んでいない。飛んでくるはずがないことはわかっているのだけれど、空にB29を探してしまう、この「奇妙な感覚」。

「暑い8月の朝」は、ベイエリアの三世が、暑いフレスノの朝に驚く冒頭の情景から、「彼」を襲う熱風、そしてそれは、ヒロシマ、ナガサキを記憶する催しに参加した別の「暑い8月の朝」の経験に、「奇妙な感覚」をキーワードにして、連なっていく。暑い8月の朝、ヒロシマでもナガサキでもないカリフォルニアの真ん中でわき上がる「奇妙な感覚」。しかしそれがなんなのかは、わからない。いや、わからなくてもいいのかもしれない。「彼」の感情の揺れは、この曲に表出している。ただ耳を澄ませばよいのだ。

A hot August morning in Hiroshima
What more can I say?



(拙訳)
ヒロシマの暑い8月の朝
これ以上なにが言えるのか


「これ以上なにが言えるというのか?」でナレーションは終わり、続いて女性ボーカリストSam Takimoto歌が始まる。以上の「語り」の中身を引き継いだ歌詞が、印象的なリフレインと抑制されたコーラスに乗っている。

a strange feeling, a funny feeling

日系人とはいえ、「彼」の日常は日本や日本人から遠い。極端な話、米国人として原爆投下を正当化したっておかしくはない。けれど、日本人だからヒロシマやナガサキで起きたことを理解できるのか。原爆がどんなものなのか、被曝がどんなことなのかなど、戦後生まれの日本人である僕らだって、知識以上の感覚は持ちえない。

しかし、彼は感じる。

フレスノで、そして、リヴァーモアで

「奇妙な感覚」を・・

歌の部分についてはまた後日。

追記:2011年の夏、核兵器由来ではないRadiationにより、私たちが再び「奇妙な感覚」を味わっていることが、この曲を聴く際に、僕を感情的にしていないと言えば、それは嘘になる。3.11以降、フレスノの朝の熱風のように私たちを襲う「奇妙な感覚」。

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コメント(7件)

内 容 ニックネーム/日時
今、日本人と日系アメリカ人は理解しあえるのか、というテーマで考えごとをしてます。もちろん私の答えは、「ほとんど不可能」です。(笑)「奇妙な感覚」とは、いつも自分たちには「日本」がかぶせられてしまうけどー原爆の経験も「日本」の経験ですー、ほんとうは日系アメリカ人にとっては、「日本」は???にすぎないのに、アメリカ社会ではなかなかわかってもらえず、誤解されがちだ、そして誤解の上に自分たちの存在意義?を見出さねばならない一種の自己欺瞞みたいなものにたいする苛立ち?みたいなものなのでは??? その点、原爆の3部作を作ったスティーブン・岡崎みたいに、原爆の被害(者)に焦点を当てて、問題の普遍性を追求するみたいなほうが、すっきりしていいなあ、と思いました。(笑)いつまでも「奇妙な感覚」にとらわれていないで、と声をかけたくなりましたが、この作品もだいぶ昔のものなのでしょうか??? 日系アメリカ人も世代変わりしている???
蒼い雪
2011/08/02 00:08
蒼い雪さま

「日本人と日系アメリカ人は理解しあえるのか、というテーマ」には感心がありません。(笑)若い頃にはそんなことを考えたりもしましたが・・。意味のある問題の立て方とは思えなくなりました。

以前にも説明したように、1977年に録音された(リリース年は同年か翌年)アルバムで、ずいぶん昔です。無論、自主制作盤なので、入手は非常に困難です。

さて、僕にはこの曲(歌)それ自体が「奇妙な感覚」なんですが、それは決してネガティブな感覚ではなく、「とてもシリアスで掛け替えのない感覚」です。ただ、その「感覚」をうまく言葉にできない。しかし、なんとか言葉にできたら・・といういつものパターン。(苦笑)

ですから、歌が始まるまでの「語り」の部分からブログに載せて、自問自答をしている次第。

ただ、歌は、曲でも歌詞でもなく、それらが一体となってできた別のものです。語りや歌詞だけを俎上に乗せても意味はないから、ほんとうは曲をどこかにアップすべきなんです。でも、さすがにそこまではできない。
asianimprov
2011/08/02 22:25
asianimprovさま

いろいろ教えてくださって感謝です。

その「感覚」をうまく言葉にできない。しかし、なんとか言葉にできたら

文学者の悩みですね。(笑)でも、作品の本質を捉えておられるのでは。。悩み抜いて、言葉にしてくださって、教えてくださいませ。ただし、電車を止めるようなことだけはしないでください!!!(笑 あまりいい冗談じゃないですね。ごめんなさいです)

でも教えてくださいませ。
「日本人と日系アメリカ人は理解しあえるのか、というテーマ」には感心がありません。(笑)若い頃にはそんなことを考えたりもしましたが・・。意味のある問題の立て方とは思えなくなりました。

どうしてでしょうか。ぜひぜひ教えてくださいませ。

蒼い雪
2011/08/03 00:10
 「日本人論」みたいな「自分の事ばかり議論する自己愛的な性癖」の延長だと思います。移民学会で飯野正子先生が「日本人が日系人を研究することの<暴力性>」を指摘されましたが、同意見です。結局、自分たちのために日系人を利用しているだけじゃないか。また、日系人を知ることで探している答えが見つかるのではないか、というのも妄想だと思います。それこそ「暴力的」です。
 じゃあ、このブログはなんなのだ、と反論されるかもしれませんが、相互理解とか多文化共生とかではなく、自分に引き付けて書いているつもりです。今は"YOKOHAMA, CALIFORNIA"のLPに心が動かされていますが、それは、面白いからです。その「面白さ」は、その音楽をこしらえたひとりひとりの物語に由来します。で、その物語は、例えば、収容所であったり原爆であったり、アジア系アメリカ運動であったり、アジア系から見える他のアジア系であったりするのですが、そこから「日本人と日系人は理解しあえるのか」という方向には僕の思考は向かいません。
 せっかくの宝物を、分類して整理し、棚にしまいこむのは大学の先生に任せておけばいいことです。(すみません→先生方)
 最後に「誤解の上に自分たちの存在意義?を見出さねばならない一種の自己欺瞞みたいなものにたいする苛立ち?」という蒼い雪さんの感想は性急すぎます。歌の部分の歌詞と歌唱と編曲には、疑問符はあっても「自己欺瞞」などありません。歌詞を全部読んでから感想を述べて下さい!(笑)
 僕が書いたのは、最初の「語り」の部分であり、助走のようなものです。素人が素人のために音楽を創るのがフォーク・ソングの真髄です。そういう意味でも、貴重な記録ですね。
asianimprov
2011/08/03 07:31
asianimprovさん
いろいろ教えてくださって感謝です。日本人論は、自己愛的な性癖とのこと、そうかも知れません。アメリカ人が、アメリカ人論をぶつとは考えられませんから。(笑)飯野先生のおっしゃる”暴力性”について、よかったらもう少し詳しく教えてください。

結局、自分たちのために日系人を利用しているだけじゃないか。ーどんな風に利用しているのでしょうか、利用して日本人は何を得ると考えられているのでしょうか。

また、日系人を知ることで探している答えが見つかるのではないかー日本人は何を探しているのでしょうか。

すみません、しつこくて。。でも、すごく大事なことと思うんですよね。私という”日本人”にとって。。。やっぱり最後は、日本人論になってるでしょうか???すみません。。笑
蒼い雪
2011/08/04 02:06
そうですね。これこそ「日本人論」です。(笑)

それと、「日本人が何を探しているか」なんて、そんな大それたこと、わかるかけがない!(笑)自分のことですらわからんのに・・(-_-;)

飯野先生が言われた「暴力性」というのは、長年、日系カナダ、日系アメリカを研究されたご経験から出た言葉だったように記憶しています。私の解釈が正しいかどうかは自信ありませんが、「日本人だから<日系人の経験>が理解できる、などということはない」ということだったと思います。要するに「日本人だから日系人のことがわかる、研究できる」などというのは「暴力」である・・と。

飯野先生が御講演の中でこのことを口にされた時、心の中で拍手をしていました。

追伸:すみませんが、忙しくて疲労しておりますので、この話題での質問はこれくらいでご勘弁下さい。そもそも、私が蒼い雪さんに何かを「教える」なんて、できませんですよ!

蛇足:「自己愛」で思いだしましたけど、去年の「○○年の愛」というドラマなど、まさに「○○年の自己愛」でしたね。脚本家は、日系アメリカ人を描いているつもりになっているようですが、どこからどう見ても、あれは「日本人の物語」でした。こういう「本末転倒」こそ飯野先生が指摘された「暴力性」だと私は思います。

以上、オソマツさまです。<(_ _)>
asianimprov
2011/08/04 23:16
asianimprov さん、お忙しくお疲れなのに、ほんとにいろいろと教えていただき、心から感謝してます。私は、中へ中へ入っていくタイプなもので、いろんな人を疲れさせ、みんな去っていきます。(笑)我慢して教えてくださるasianimprovさんに心から感謝です。ありがとうございました!!!しばらく消えます。。日本にいると、日本人論は心配しなくていいですから。(笑)
蒼い雪
2011/08/05 03:32

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