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zoom RSS わたしたちは何故小説を読むのか?/ 『わたしを離さないで』

<<   作成日時 : 2011/07/19 22:18   >>

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この、陰鬱で、Gloomyで、更に高温多湿で台風まで来る2011年の7月に、よりにもよってカズオ・イシグロの長編小説『わたしを離さないで』を読むことはない。実際、読み進めてすぐ、「あ、こらアカンわ」と、放り出しそうになったし、これを友人に勧める気にはならない。しかし、ある理由で、最後まで読んだ。そして疲れた。

確かにこれは問題作だろうし、まともな作品ではないが、この世界から逃げ出したくなる気持ちと、もう少しページをめくってみようという好奇心が最後まで維持されたのは、僕が作者の魔法にかかった結果だろう。ものすごい描写力と緻密な構成で描かれる途方もない日常。負けた。僕は白旗を挙げねばならない。

しかし、カズオ・イシグロ、あなたは天才なんだろうが、どこかオカシイ。(苦笑)僕もオカシイ。こんなネガティブな読後感を持つにもかかわらず、この作品を自分のブログで取り上げようとしているのだから・・。(苦笑)

その特異な設定や物語の異様さを述べるのはたやすいが、僕は、この長編を、「記憶についての物語」と考えたい。すべてがわかってしまい、すべてが終わってしまった所から始まる過去への旅。それは、残酷で救いようのない、「ヘールシャム」や「ロスト・コーナー」への旅なのだが、同時に、それは、誰もが持つ「記憶」への旅なのだ。

但し、これほど紹介の難儀な小説はない。少し前に『プリンセス・トヨトミ』(→映画も見たが、やはり、小説を勧めたい)で笑った僕が書評できる作品ではない。でも、カズオ・イシグロは稀有な才能と「狂気の沙汰」を持つ作家であることは認めざるをえない。

こんな小説を書くほうも書くほうだが、読むほうも読むほうだと思う。だが、単行本に加え、文庫本で既に26刷だ。それだけ多くの日本語を解する読者がこの作品を手に取っている。

人間は、何故、小説を必要とするのだろうか。

何故、小説を書こうとするのだろうか。

そんな根源的なことを考えさせる作品ではある。

なお、今春に映画も公開された(日本で)が、僕は見ていない。

『わたしを離さないで』 カズオ・イシグロ (ハヤカワepi文庫)

NEVER LET ME GO by Kazuo Ishiguro

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コメント(8件)

内 容 ニックネーム/日時
私は、映画を見ました。本は読んでません。家に原書があります。映画も原書も経験した人は、映画のほうが苦しかったと言ってました。で、映画だけを見た人間の感想としてはー人は、こういう人間存在の根源を問う作品をもっと見たり、読むべきだと思ってます。翻訳がどんなのかは知りませんが、多くの人が読んでいると知って、ちょっとほっとしてます。まだ捨てたもんじゃないな、と(笑)アメリカが戦後日本(人)にした最大の”罪”ーかれらにとってはコントロール戦略。。笑ーは、思想・哲学を軽視・もしくは無視する”骨抜き”にしたことだと、個人的には思ってますから(笑)
それはそうと、このイシグロさんこそ、両親とも日本人で、ばっちり”日本人の血”が流れているのに、成功している才能ある日系人として、ノーベル賞をとった人ぐらい、日本では評価されてるのでしょうか。されて当然と、私なんかは思いますが(笑)。。ハリウッドにこびた映画を作って、アカデミーをとったからとちやほやされる人たちなんかと雲泥の差があると思うのですが(確かこの映画もアカデミー候補になったのでは。。イシグロさんの最初の映画はアカデミーをとりましたよね)、一体日本(人)の”国際評価”の基準はどこにあるんでしょうか。(笑)
蒼い雪
2011/07/20 00:56
蒼い雪さん

イシグロは日本でも人気があります。但し、「日系英国人作家」だからではなく、その作品の質の高さに日本の読者が引きつけられているのだと思います。イシグロは、出身地のナガサキと原爆を背景にした作品も書いてはいますが、日系人であることを前面に出した小説を書いたことはないはずです。米国の日系人作家は、最低でも一作は自伝的な作品を書きますが、イシグロは幼少期に日本を離れていますからね。

僕は、イシグロを「日系人」という枠組みに入れたくないし、イシグロは自身もそういう意識は持っていない。

例えば、イシグロは「(私は)父母のおかげで少し日本人だが、大部分は英国の影響下で作られた。人種差別にさらされたこともなかった。私は幸運なmixtureなのです。日本人でなければとも、英国人でなければとも考えない。」と話しています。(朝日新聞、1989年)

「国際評価」の基準・・ですか?よくわからんのですが、女子W杯以前にはメンバーの名前も知らなかったくせに、優勝したら「なでしこ、なでしこ!」と誉めちぎる文化って、どうなの?とは思います。
asianimprov
2011/07/20 17:52
いろいろ教えてくださってありがとうございます。
もしお聞きしてよかったら、asianimprovさんが、彼を「日系人」という枠組みに入れたくない理由は何でしょうか。幼少期に日本を離れたなど、アメリカの日系人の歴史から考えると、「日系人」というアイデンティティから逃れる理由にはならないのではと思われるのですが。日本に生まれたどころか、行ったことがなくても、日本人の血を追求するのが、アメリカの日系人に対する日本のスタンスではと思うのですが(現代の日系人招致プログラムとか、ブラジル日系人に対する入国管理法?など??)このあたりになると、イギリスとアメリカの違いということになるのでしょうか。

イシグロさんは、人種差別にさらされたことがない、とおっしゃったとか。私は、信じられないなあ、が正直なところです。。(笑)確かにアメリカでも、アジア系が少ないところでは、きれいに距離をとられるんですよね、まるで存在しないかのように。もしかしたら、表面的にはフレンドリーかも知れない、でも、それは決して仲間に入れてもらえたという意味ではない。。でもそれを、差別ととるか否かは、その個人のサバイバル戦略によるわけで。。まあ、テレビで拝見した限り、イシグロさんはすごくイケメンだし(オバタリアン度丸出し。。笑)、頭脳も明晰で、普通の人は誰も近寄れないようなオーラを発してきたのでは。。。そうなると、差別も吹っ飛び、何も感じない、という構造かも知れません。英国の日系人史?というのはあるのでしょうか。まあ、イシグロさんは、日系コミュニティ史におさまりきらない例外になるのでしょうが。。(笑)
蒼い雪
2011/07/21 00:57
日本人の血を引くブラジル人にビザを発給した日本政府は「<日系人>が来ると思ったら、来たのは<ブラジル人>だった」と悔んだそうですが(苦笑)、私は日本政府が使うような枠組みで「日系人」という概念(極めて曖昧です)を使いたくないのです。

カズオ・イシグロについても、彼とその作品を、「日系人」というフィルターを通して理解する必要は・・今のところは・・ないと思っています。そういう意味です。イシグロの出自から現在までを見れば、「日系英国人」という呼び方が間違いだとは思いませんが、そう呼ぶことにどれほどの意味があるのだろうか、とも思います。

なお、インタビューで話された事=その人の真実、ではありません。インタビューで作家が理解できるなら、文学研究なんて意味がない。(笑)「イシグロが朝日新聞にこう語った」という事実は残りますが、それが彼の本音かどうかは・・わかりません。

英国に移民した日本人は何人もいますが、社会を形成しない限り「歴史」としては残りません。ただ、イシグロのような「例外」が登場すると、過去にイシグロのような人物はいなかったのだろうか、と想像したくなりますね。

asianimprov
2011/07/21 18:28
asianimprovさん、ありがとうございます。

彼とその作品を、「日系人」というフィルターを通して理解する必要は・・今のところは・・ない

はい。私もまったくないと考えます。作家の生き様、仕事のテーマの普遍性を考えたら、イシグロ氏はコスモポリタンなのでは。。でも、日本人は基本的にコスモポリタンを嫌い、”根無し草”とバカにする傾向があるようで。。それは、日本人の血を基準において、人間を見たがるからではないかと。その意味で、イシグロさんが日本で人気がある、というのはうれしく思いました。(笑)その一方で、じゃあ、なんでアメリカでは、”日系”を言いたがるのか、と思ったりします。やっぱり英国とアメリカの社会的・歴史的背景の違いでしょうか。英国の大学には、ethnic studies はあるのでしょうか。

社会を形成しない限り「歴史」としては残りません。

ああ、それで、研究者は、コスモポリタンは移民じゃない、みたいにおっしゃるわけですね。社会ーエスニックコミュニティの意味だと思いますがーの歴史を残さないから、研究できない??? でも、エスニックコミュニティの歴史だけが、移民史として研究に値する???のなら、私なんかはおかしいと思います。コスモポリタンが、エスニックコミュニティの外で、どんな影響を与えたかも十分に研究に値するのでは。。。イシグロさん、がんばれ〜〜〜、って何を? よくわかりません。。(笑) 
蒼い雪
2011/07/22 01:19
>>なんでアメリカでは、”日系”を言いたがるのか、と思ったりします。

それは、ハワイや米国本土に出稼ぎ移民し、その後、定住した日本人やその子女との軋轢(排日運動や「排日移民法」、そして、日系アメリカ人社会に大きな影響をおよぼした日米開戦という歴史的な流れを見れば、当然と思います。これは後の公民権運動〜リドレス運動〜アジア系アメリカ運動〜ビンセント・チン事件と、80年代まで続きます。

NHK BSプレミアムで二夜連続放送された番組は、9.11後の人種プロファイリングに反対したミネタ運輸長官(当時)の「正義」についてのドキュメンタリーでした。

英国も日本の敵国で、日本軍は英国人捕虜を正当に扱わなかったし、「バターン死の行進」、というのもありましたが、それは戦場で行われたことです。移民の国アメリカ合衆国が、強制収容所に市民権を持つ二世や幼い三世も、何の裁判もなく、閉じ込めたのとは次元が違うと思います。

>>コスモポリタンが、エスニックコミュニティの外で、どんな影響を与えたかも十分に研究に値するのでは

大賛成!(笑)社会を動かしたリーダーではなく、自由人というか「遊び人」みたいな人物がハワイにもいて、その人が編集出版した本がいまやとても貴重な資料になってます。武居熱血という山口県出身の一世なんですが、大隈重信とも交流があったらしい。本業はホノルルの呉服屋さんなのですが・・。(笑)
asianimprov
2011/07/24 11:34
社会を動かしたリーダー

の社会とは、あくまでもエスニックコミュニティのことだと思いますが。。
日系人コミュニティのリーダーになりたがる都会派”エリート”が、どんなにコミュニティの普通の人ー当時は農民ですが、を裏切りたがり、役に立たなかったかは、アズマ・エイイチロウの「Between two empires」に詳しいですよ。もう読まれましたか。この本はまだ日本語には翻訳されていないようで。。されない理由もわかるような気がします。(笑)武居熱血氏のことを、asianimprovさんがリサーチされてはどうでしょうか。資料、それも日本語資料が残りやすい、日系コミュニティでリーダー?になりたがった人だけが、研究に値するわけじゃないですよ、と。。(笑)ああ、また悪い癖が出てきそうです。ひっこみますね。。(笑)
ミネタ氏のドキュメンタリー番組のタイトル、わかれば教えてください。あと、渡辺謙さんの後編は、もう放送されたのでしょうか。こちらで探したいです。

蒼い雪
2011/07/26 00:03
渡辺謙さんの番組についてはひとつ前の記事のコメント欄を読んでみて下さい。

コミュニティーのリーダーといっても、いろんなリーダーがいるわけで、NHKの番組が取り上げたノーマン・ミネタもそのひとり。

しかし、二世の表情、笑い顔、ちょっとした仕草、英語と日本語との切り替え方などをドキュメンタリーで見ると、去年の「ナントカの愛」が如何に馬鹿げていたかがよくわかります。

「正義」は幾つもあり、「正義」だけでは解決できない問題も多々ある。このことは押さえておきたいですが、NHKの意図は伝わってきました。

それから「多文化主義」や「多文化共生」と「テロ」や「収容所」との関係は、簡単ではないことも押さえておかないと・・。

移民の学会で「多文化共生」がテーマになるのはわかるけど、移民を勉強したら「多文化主義」や「多文化共生」が可能になるのか?

うーん。よくわかりません。

「アジア系アメリカ芸術での多文化主義は90年代に既にクラッシュした」という主張を否定するのは難しい。ここは「アジア系アメリカ雑記貼」というタイトルのブログなんだけど、「「多文化主義礼賛」じゃあダメだ」というのが現在の私の立場です。あ、関係ないか。(-_-;)
asianimprov
2011/07/27 22:07

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