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zoom RSS 素人研究の限界 ― やはり、自分でやるしかないのか。

<<   作成日時 : 2011/06/27 21:24   >>

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30分足らずの時間で4人(主に3人)の人生を説明することは無謀であった。それがたとえ人生のほんの一瞬に過ぎない数年間であれ、移民の子弟が日本と関わりを持った時期に絞ったとはいえ・・だ。

実際に移民を先祖にもつ人間が移民を研究する例は多くないらしい。だから、物珍しさもあり、ブログ主のかなりのバイアスがかかった(苦笑)素人っぽい解説と苦言と提案に困惑しながらも、耳を傾けてくれた本物の研究者の皆さんには感謝したいと思う。

ブログ主の提案は「トランクを手に日本に帰ってきた移民」や「自分の意志かどうかはともかく、日本に移動した移民の子弟」をも「移民研究」の中に入れてほしい、ということだ。

ブログ主にとって最も近い存在であったハワイ生まれの祖母は、ブログ主には「生きる移民史」のような存在であった。祖母がハワイで暮らしたのはたった14年間だが、この14年間が祖母の人格や文化の基礎を作った。それは100歳で他界するまで継続していた。最晩年の祖母は、頼りない孫(私のこと)にハグをせがんだ。ハグをする度、祖母はハワイ生まれの二世の少女に戻っていたのではないか。

大叔父(祖母の実弟)は明治大学入学のために日本に来たが、そこで、日本最初の学生アメリカンフットボール部に加わり、日本最初のアメフト公式戦に出場した。シグマ・ヌ・カッパという明大の二世アメリカ人二世のみで構成された学生クラブ(フラタニティ)にも在籍した。自分の意志ではないが、米国由来のスポーツを日本に伝える役割を果たしたし、日本における日系二世教育史に名を残すグループのメンバーに加わっていた。皮肉なことに、日本の大学を出ていることが、シグマ・ヌ・カッパのメンバーであったことが、バイリンガルであることが、父親が成功した商店主であることが、FBIが大叔父を拘束し尋問する理由になる。

移民一世の曾祖父は、幸か不幸か、開戦の前年に帰国する。満鉄の株式に投資し、日本の拡張と発展に新たな夢を賭けた(のだと思う)が、敗戦で株券や戦時国債は紙切れとなる。しかし、曾祖父は、ハワイで覚えた商売の経験を生かし、故郷に近い広島県比婆郡西城町で、なんと、ハワイで開いた店と同じ屋号の洋品店(上写真)を開くのである。ワイパフの店に比べればささやかな商いだったろう。しかし、ここにブログ主は「移民の魂」を見るのだ。

オアフ島ワイパフ町の加藤商店「現金屋」(下写真)は1950年代に閉店する。

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下はオアフ島ワイパフの加藤商店「現金屋」の広告。1939年。ハワイ。

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広島県の「現金屋」は1960年代末まで続いた。

曾祖父、加藤利作は、1960年代の広島県でも、「ハワイを生きた」のではないか。

これを「越境」と呼ばずになにが「越境」なのか。

これこそ「移民研究」の面白さではないのだろうか。

更に、「ハワイ移民とその子孫の食べ物は「弁当からミックス・プレートに「変容」した」ことは確かだが、オートミールを忘れては困る。「弁当論文」と「ミックス・プレート論文」だけでは移民のリアリティには迫れない」と挑発してみた。

フロアに困惑の空気が流れた。(-_-;)

少し間をおいて、「おっしゃりたいことはわかるが、それを普通の研究者に望むのは難しい・・」と、面識のあるM先生がコメントしてくれた。確かに、ブログ主が想像する「移民のリアルな姿」は、移民を先祖に持つ者だからこそ獲得できる特権的で個人的な経験なのかもしれない。

しかし、「移民の末裔であること」に、積極的な意味を見出すことで、なにかできることはないだろうか。

恐れ多いことに、移民史研究の重鎮であるK先生が、わざわざブログ主のところまで歩いて来られ、「政府の外交資料を使えばあなたの先祖のことがもっと明らかになりますよ」と助言を下さった。ブログ主のことを知らないはずのK先生が、初歩的な資料収集の方法について、わざわざ教えて下さる。なんとありがたいことか。

今回も、自分の至らなさに何度もメゲだし、疲れた。

ガッカイというお祭りは終わった。

しばらくの間、休憩するつもりである。

追記:この、自己愛だけのブログに立ち寄り、コメントまでくれる皆さまに改めて感謝!みなさんがいなければ、僕は自分の世界に閉じこもっていたかもしれない。ほんとうに、ありがとうございます。

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コメント(5件)

内 容 ニックネーム/日時
方法論さえ押さえておけば、研究にアマもプロもないでしょう。親族でなくても、研究対象をなんらかの形で自分に近づけることは必要。貴兄の熱意に敬意を表します。少しお休みください。
sudoraku
2011/06/27 22:26
>>sudoraku席亭

あたたかいお言葉、ありがとうございます。

方法論・・それが今後の課題です。

資料を集めて、実証的なものにしないとガクモンにはならないし、それは必要なんですけど、僕の場合、資料的な裏付けより「パッション」が先走ってしまう。困ったもんです。実証を突き詰める「歴史学」って、苦手でねえ。社会学のいい加減なところが好きなんですが。(笑)

研究者のみなさんが「移民」とか「日系人」とか「越境」とか「移動」というタームを使って分析するのはいいんですけど、切実さが伝わってこないんですよね。

といって、「移民の子孫にしか移民は理解できない」というのも馬鹿げた妄想だし・・。実際、僕だって、曾祖父や祖母や大叔父の足跡を再確認したのは一年ほど前からですしね。(苦笑)

一年ちょっとで何がわかるのか?という気もしますが、僕は、移民一世からの家族史の中にいるので、そのことを上手に生かす方途がないか、もうちょっと考えてみます。でも、当分は休業。(笑)



asianimprov
2011/06/28 20:02
ガッカイ、お疲れ様でした。

日本の大学の研究者というのはいまだに内向的なんですね。
同じ分野の研究では専門用語を定義して、それで多くを語らなくても良い様にしているんでしょうが、その専門用語の定義自体を学問と勘違いしているかもしれませんね。

象牙の塔の権威に拘る人たちには、元々興味がありませんが、以前某社から発刊された「442」という本の巻末に解説を書いた北海道の大学教授が、私のHPの「二世部隊物語」から断りも無く勝手に引用していたのには驚きました。出版社に抗議をしましたが梨のつぶて。

まあ学者にもそんなのはいっぱいいますから(笑)
Hawkeye
2011/07/02 15:41
大尉殿

ガッカイのためにブログを書いているのではないとはいえ、ブログで考えていた事をプロの研究者の前で話してみることは、自分自身を鍛えることにつながると思うので、今回、知らない先生たちの前で喋ってみました。

まさにGo for brokeでしたが(笑)「討ち死に」ではなかったと・・思いたいです。

学問には「学問の方法」や「掟」があり、「話が面白ければ良い」というわけではない。かといって、僕としては、「面白く話したい」という欲求もある。実際、とても面白い物語なんですから・・。

しかし、大尉殿のサイトから「勝手に引用した教授」は、ネット上の文章をコピペしてレポートを作り、提出する学生と同じレベルですなあ。いやはや。
asianimprov
2011/07/04 22:37
はじめまして。とても興味深く拝読しております。
研究はまだお休みをされていらっしゃるのでしょうか。
私には、学会の参加者たちのasianimprov様を羨ましく思っての焼き餅だと感じます。ジェラシーを尤もらしく伝えて、相手を叩きのめすというやり方は彼らの常套手段ですから。
パッションのない研究ほどつまらないものはありませんから、asianimprov様の方法論で続けてくださっている事を願います。
私はこちらのブログを発見しました理由は、明大のシグマ・ヌ・カッパというフラタニティを検索しての事でした。恐らく、一番の元ネタを持っていらっしゃるのはasianimprov様です。調査が進みましたら、是非また続きを読ませていただけたらと思います。
素晴らしいです。
Maddy
2015/05/19 13:39

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